チップ論

チップ論 5

チップ論も最終回となりました。(勢いで少々苛烈かつ辛辣なことを書い
たかもしれません)
本当に細かいエピソードまで書けばもっと長い連載にはなるのですが、
あまりにも生々しくなりそうなので今回で完結します。

 

まず、奇しくも同じ年(1934年)に生まれ、同じ年(1979年)に鬼籍に
入った二人の大物マジシャン(伊藤一葉と初代引田天功)のチップにまつ
わる因縁のエピソードを紹介しましょう。

 

まだ売れる前の一葉氏が地方のキャバレー出演をしていた時に、当時すで
に大スターで偶然にも同じ町で公演を終えた天功氏が多くの取り巻きを連
れて来店、何十万も使って豪遊し、一葉氏に一万円のチップを出したそう
です…当時一晩数千円のギャラの貧困生活で惨めな生活をさせている妻子
のことを思えば喉から手が出るほど欲しかったチップですが、格差はあれど
同業者それも同期のマジシャンからのチップを受け取れば自分自身が崩れ
てしまうと断腸の思いで拒否し、一葉氏は自尊心だけで成り立っている今の
自分の惨めさを自覚したあまり、楽屋で男泣きしたとか…。
そしてこの出来事がきっかけで、絶対に売れてみせると決意したそうです。   (参考文献:「タネも仕掛けもございません 昭和の奇術師たち」 藤山新太郎
著 角川選書)

 

現在でも若手バーマジシャンにセコい額のチップを渡して先輩風を吹かす
ベテランマジシャンもいるようですが、こういうエピソードを知ると同業者
同士のチップのやり取りは危険物取扱い並みの注意が必要でしょうね。
(まあ、人生の転機で借金したり口利きしてもらった過去があれば、その
負い目も永遠に消えることはありませんからね)

 

しかし、あれだけの大物が二人共同じ1979年に45歳の若さで鬼籍に入る
とは…死因は一葉氏が胃癌、天功氏が心筋梗塞と記憶していますが、当時
私は高校2年生で、その一年前の1978年にホテルオークラで開催された
「世界奇術大賞」において、初対面のお二人から直筆のサイン色紙を貰った
ばかりだったので、連続の訃報は大変なショックでした。
特に天功氏の訃報は大晦日だったので、どんよりとした気分で正月を迎え
た記憶があります。
私の映像ライブラリーには、お二人が亡くなる一年前に共演した貴重な映
像が残されていました。
このエピソードを知った上で映像を観た時、お互いにどんな感情で共演し
ているのかと思うと…すでにお二人共売れていたからこその余裕というか
まさに大人の立ち振る舞いなのですよ。

 

そしてこの番組は、私が現在に至るまで影響を受け続けてきたプロフェッ
サー・サコー氏のプロとしてのテレビ初登場の時でもありました。
桂三枝師匠(当時)と共に司会を兼ねた天功氏の「私は彼に非常に期待し
ています!」との紹介で、スモークの中からサコー氏が登場するシーンを
観ると今でも鳥肌が立ちます。
今回の一連のチップ論を書いている最中、何度か電話でMr.マリック氏と
史実の確認をし合いました…ここでは割愛しますが、マリック氏自身も
売れる前は酒席において壮絶な体験をしてきたであろうことは想像に難く
ありません。
マリック氏はもちろん、現在のマジック界の屋台骨を支えているマジシャン
達…ふじいあきら氏、RYOTA氏等、多くがチップという魔物と闘ってき
たのです。

 

酒席で働いた経験があるほとんどのマジシャンは、チップを貰ったことが
あるのではないでしょうか。
私は現在に至るまで常に「アウェー」を主戦場として、「マジックバーと
いうホーム」でレギュラー出演をしたことがないので、現在の相場を推し
量ることに確信はありませんが、店からの報酬はおそらく一晩1〜2万円
といったところではないでしょうか。
地方の店であればもっと安いかもしれないし、時給計算の店もあれば交通
費支給の有無があったりで待遇は様々でしょうが、失礼ながら昔も今も決
して不安が解消されるレベルではないはずです。

 

そんな現状であれば客から1万円のチップを貰えば、「ちょっと美味しい
ものでも食べて知り合いのバーに寄って帰ろうかな」とか「電車の始発ま
で待たずにタクシーで帰っちゃおうかな」というプチ贅沢に心が傾くほど
有難いものなのです。
マジックバーの一部には、マジシャン個人が貰ったチップを経営者に上納
させるという酷い店もあるやと聞いていますが、そこで飼い殺しになるの
か否かを決めるのも雇われる側の自尊心の問題ですね。

 

自戒を込めて告白しますが、セコいマジシャンが思いがけなくチップを貰
った時、ついやりがちなのが…「ありがとうございます! ではせっかく頂い
たお札を使ってもう一つだけお見せしましょう!」…ああ、思い出すだけ
でこっぱずかしい!
勘違いしてはいけません…これ、「もういいから消えて」ってサインです
から…。

 

弟子のRintaroが銀座のクラブ(米倉涼子主演ドラマ「黒革の手帖」の舞台
となった超高級クラブ)で体験したエピソードです。
彼がある卓に着いた途端、まだマジックをやっていないのに客がいきなり
チップを出して「ほら、これあげるから向こうへ行け!」と言ったそうです。
つまり、毎度大枚叩いて高級クラブに通い続ける客の目的は決してマジッ
クを観たいわけではなく、美しいホステスとの会話であり、ずっと狙って
たホステスを今夜こそはと口説きに来たのかもしれない客の貴重な時間を、
空気が読めないマジシャンがむやみに削り取らないように注意しましょう
ってことですよ。

 

高級クラブにおいては小一時間の滞在で一人でも最低数万円、豪遊する

 

客であれば数十万を払うわけですから、その中でマジシャンに奪われる10

 

分弱の時間(それもチップを払って)が客にとってはどれだけの「価値」が
あるのか、はたまたどれだけの「無駄」なのかを客の立場で推測するスペ
ックがこういう現場を主戦場とするマジシャンにとっては必須なのです。
私が客の立場の時でも、せっかく連れやホステスさん達と盛り上がってい
るのにマジシャンが割り込んで来たりショータイムの生演奏が始まると、
邪魔だなあと感じたことがありますから。
ほら、レストランでコース料理を頼んだ時、会食相手と大切な話をしてい
る中に無粋にも割り込んで一方的に料理の説明を始めてしまうスタッフが

 

いますよね…まさにあんな感じですよ。(そんなスタッフに限って、逆に
質問すると何も知らないことが多いもので…)

マジックバーであれば、幸いなことに客の来店動機の優先順位は、まずは
マジック、続いて酒なのでしょうがクラブの場合は圧倒的にまずホステス
続いて酒…最後にマジックなのですよ(マジックはステーキの横のポテト
かコーンみたいなものです)
クラブの客の中には「マジックは演らなくていいから、マジシャンも座って
飲めよ」と言う人も結構います。
そんな時マジック以外の話題がさっぱりだと、あっという間に薄っぺらな
生き様が暴露されてしまいがち。
マジックを生業としてしまった職業マジシャンが特別なだけで、たまたま
店で出会ったに過ぎない一般人はそれほどマジックに興味を持ってはいな
いのですから、マジックという武器をあまり過信せず、マジック抜きでも
客と丁々発止やりあえるくらいの社会勉強はしておくべきでしょうね。

それとこれは重要なことですが…客の社交辞令をまともに信じないこと。

「それだけマジックができたらモテるでしょ?」…これ、大半がモテそうに
ないオジさんからの質問で、どう見てもモテる美女が質問することは

 

まずありません。
モテるわけがないことはマジシャン自身がよ〜く実感しているはず。
生活が不安定な上に社会性が欠如して、カードをこねくり回してばかりで
マジック以外の会話はからっきしダメなのにチップには過敏に反応する…
しっかり人間観察しているホステスさん達からはきっと蔑まれてますよ。

「えーっ、凄い!なんで?今夜は眠れない!!!」…心配しなくても客は絶対
に眠ります。
眠れないのは将来が不安なマジシャンの方ですから…。

思い出しましたが1993年頃でしたか、紙幣にペンを突き刺すネタ(ジョン
・コーネリアスのペンスルーエニシング)が発表されて、私は「チップ製
造機」と名付けて(今風だと「チップを産む神ネタ」と言うのでしょうか)
毎夜活用していました。
借りて穴を開けた紙幣を復活させると、もうそのまま自動的にチップで貰
える場合がほとんどでしたから…ホント、チップ狂想曲に翻弄された時代
でした。

最後に余計なお世話かもしれませんが、酒席で働く若きマジシャンの方々
に自戒を込めてのアドバイスを…客は見抜いていますよ! セコいマジシャン
がチップ欲しさにわざと紙幣を借りようとしていることを…。

チップとは、出す側も受け取る側も己の人間性を映し出す鏡(魔物)なの
です。
皆さん、お気を確かに!!…完。 

 

 

|

チップ論 4

4回で完結のはずでしたが、原稿を加筆修正している間に長文になってし
まったので、次回のチップ論5が最終回となります。

チップ論3では私なりの若い頃の高揚感から潮時までを赤裸々に吐露しま
したが、なにしろ苛烈に書いた分、読んだマジシャン各々の立ち位置次第
で受け取り方は様々あることでしょう。
銀座時代の戦友としてチップ論2で実名を出させてもらったふじいあきら氏
のメールでの感想は…「懐かしくも厳しかった日々を思い出しました。チップ
とプライドの闘いは、経験した者にしか解らないのかもしれませんね」という
ものでした。

近年、生業として酒席を主戦場とする若手マジシャンが増えています。
もちろん生活のためではなく、現場主義で腕を磨き続けたり新作を試す場
と割り切って酒席で演じ続け、常にグレードアップを心掛けているベテラン
マジシャンもいることは重々承知しています…そのことは敢えて論評云々す
るつもりは毛頭ありません…それを理解された上で以下を読んで下さい。

大好きなマジックを生業として酒席で働くという夢が叶いながらも、漠然と
将来が不安な若手マジシャンは、今からでも何らかの準備を始めるべきで
しょう。(不安になるのが普通ですよ)
バーやショップの経営者になる勉強をするか、メジャーという高みを目指す
か、酒席以外の収入源を確保した上でプライドを保てる案件だけを引き受
けるか、いっそスキミング戦略を基にビジネスモデルを大転換するか…等
の模索をするべきだと思います。
つまり加齢と共にビジネスモデルを変換しながら、最終的にはいかにして
ブルーカラーからホワイトカラーへの転身を図るのかということ。
野球に例えれば、豪速球が投げられなくなったら無理に三振を狙うのでは
なく、老獪な頭脳派のピッチングで打たせて捕るプレーを心掛けましょうと
いうことです。

逆に敢えてのペネトレイティング戦略とまでは言いませんが、芸人なんだ
から「末路哀れは覚悟の前」とばかりに自己陶酔し、酔客から茶々入れられ
ようが、憐れみのチップ貰おうが何とも感じない(痛覚が無い)強靭でおめ
でたいベテランマジシャンは、いざとなってもジタバタすることなく宣言通り
の老後を甘んじて受け入れ、その生き様を堂々と世間に曝すべきでしょう。
(その生き様に後輩マジシャン達が憧れるのかは甚だ疑問ですが…)
まあ堅気の人でも定年後に再就職すれば、はるかに年下の上司から叱責
されることもあるわけで、それに耐えられるかどうかは、パーソナリティーや
生活の逼迫度合いによって個人差があることでしょうね。

チップの話題からはちょっと逸脱しますが、常日頃から演技のグレードアッ
プや自身のメンテナンス(ビジュアルもフィジカルも)に対する自己投資を
怠り、ズルズルと営業を続けて辞め時を逸したまま老いてしまったイリュー
ジョニストは見ていて痛々しいものですよ。

 

ただしカパーフィールドやシルバンあたりになると別格ですね…ドクター
目線からも、頭髪から顔面までメンテナンスにはかなりのお金をかけてま
すから。
とにかくマジシャンには定年がないだけに、何歳まで今の立場や状況を続
けるつもりなのか、そしてその目安の歳を過ぎてからも精神的にも体力的
にもやっていけるのかを常に自分に問い続けることが重要であることは論

 

を俟たないでしょう。

チップという魔物に取り憑かれたあるマジシャンのエピソードを披瀝します。
1996年のことでしたか、私が出演していたクラブの姉妹店の支配人から
聞いた話です…あるマジシャン(名前は伏せますが、かなりの大物です)が
突然売り込みに来たというのです。
彼が提示した条件は、「チップのみで稼ぐ自信があるので店からのギャラ
は必要ありません」とのこと…タダより高いものはないと訝った支配人は、
即行お断りしたそうです。
そりぁそうですよ、チップが出なければ死活問題ですから貰って当然とい
う態度は滲み出るであろうし、貰うまで客前に居座り続けるかもしれない
わけで、後で店にクレームが入ることは火を見るよりも明らかですからね。
実はこのマジシャンとは割と親しかったので、後に本人にエピソードを確認
したところ…残念ながら真実でした。
これ根本的なことですけど、チップは無くて当たり前ですからね。

チップの本質とは一体何なのか…私の理解では、銀座デビューした直後の
このエピソードに尽きると思います。

当時見た目は40代後半くらいの遊び慣れた感じの客(今で言うちょいワル
オヤジでしょうか)が、2種類のマジックを見せただけで「ありがとう!」と
いきなり3万円のチップを出しました。
驚いた私は「それは結構です、ちゃんとお店の方からギャラを頂いておりま
すので」とお断りしたところ一瞬でその客の顔色が変わり、周囲のホステス
全員に席を外させたのです。
「やばい、怒らせちゃった…二人っきりにしてどんな説教をするのだろう」と
ビクビクしていたところ、意に反して素晴らしいアドバイスをしてくれたので
した…それも誰にも聞かれないように小声で。

「お前さあ、堂々と振る舞ってるようだけど、本当はこういう店に慣れてない
んだろ? 俺は昼間の喫茶店でお前の手品を一時間観たって百円も払う気
ないよ。 俺はこの店の美女達の前でカッコつけたくてチップ出してるんだ。
それをお前が受け取らずに財布に戻したら、こんなカッコ悪いことはないん
だよ。 だからお前には受け取る義務があるんだよ。 頼むから俺にカッコつ
けさせてくれよ。 それもお前の仕事なんだ。 わかったか!」

そう言い終わると再びホステス達を呼び寄せ、有難くチップを受け取った
私を同席させて、改めて最高級のシャンパンで乾杯と相成りました。
銀座でパフォーマンスを始めたごく初期に、このような「粋」な大人の男性
から「教育された」ことは本当にラッキーでした。
そうした方々から遊びのこと、お酒のこと、腕時計のこと等を知らず知らず
の間に影響を受けてきたのだろうと思います。

高級クラブにおけるチップの本質とは、こちらに対する「心づけ」ではなく、
客自身の「見栄」を満たす行為であること、客にカッコつけさせること…
決してそれが全てではないけれど、それから17年に渡って銀座のクラブ
で立ち回るヒントを「勉強した」夜でした。

次回チップ論5で完結です。

 

 

 

 

 

 

|

チップ論 3

20代の頃、たいして高くもないスーツに身を包み、虚勢を張っていた若き
マジシャンは、高級クラブの客にとっては応援したくなる可愛い存在に思
えたのかもしれません…客の年齢層からすれば息子くらいでしょうから、
「これで美味しいものでも食えよ」ってノリでチップを手渡してくれる人が
ほとんどで、何の抵抗もなく有難く頂戴していたものです。

 

当然のことながら、客の大半が目上だったのに自分が歳を重ねていけば、
年下の客が増えていきます…お金に色は無いと言い聞かせながらも、年下
からのチップには違和感を覚え始めました。
私が30代後半の頃でしょうか、世はITバブルとなり、大人の社交場である
高級クラブには似つかわしくない20代のいかにもIT長者然として敬語も使
えない慇懃無礼な若い客がちらほらと増えてきました。
彼等にとってのチップとは「相手に対する心づけ」という意味合いなどは
微塵も無く、周囲やホステス達に財布の分厚さを見せつける「見栄」その
ものなのです。

 

明らかに10以上も年下がチップを手渡すことなくポンッとテーブル上に投
げ出し、ある時は紙幣が床に落ちて、それを「ありがとうございます」と言
いながら拾っている自分は今どんな顔をしているのだろうと思うと惨めに
なりました…「これはダメだ、稼げばいいってものではない、心が壊れる、
40過ぎたらこんなの耐えられない」…と感じ始めました。
ある意味チップに踊らされてきた報いかもしれません。

 

「ほら、チップあげるからさっきのマジックもう一回やれよ」…この台詞を
中年の客が若手マジシャンに言うのと、若い成金客がベテランマジシャン
にぶつけるのとではプライドの傷つき方の深さがまるで違うし、治癒する
のにも時間がかかるってことです。

 

チップの渡し方にも客の個性が如実に現れるもので、私は密かにABCとい
うマナーのランク付けをしていました。(チップを頂戴する立場でありなが
ら客を値踏みすることは本来はいけないことですが…)
それぞれの割合はAランク10%、Bランク80%、Cランク10%というとこ
ろでしょうか。
まずBランクの客は、普通に財布から一万円札を出して「ありがとう、楽
しかったよ」と言いながら手渡してくれます…大部分はこんな感じですよ。
次にAランクの客はというと、いつの間にか小さく畳んだ紙幣を用意して
おり(フィンガーパームの位置です)、私の去り際に握手を求めて周囲や
ホステスにも気づかれないほどスマートな渡し方をするタイプで、総じて
立ち振る舞いや言葉使いも紳士的で店からも大切に扱われていましたね。
またチップを渡すのが習慣化されている客は、最初からポチ袋を準備して
いたものです。

ではCランクの客はというと、選んだカードを返さなかったり道具にすぐ
手を出すなどして散々絡んだ挙句、今更最後だけ紳士的な一面を見せよう
というのか、「いやあ感動したよ」とか言いながら小さく畳んだ紙幣を強引
に握手しながら手渡すというタイプ…これ、密かに手渡すつもりはなく、
連れやホステスに「ほら、チップあげてる太っ腹な俺を見て見て!」という
ポーズで、こちらもカチンとくるし周囲も引いてしまうパターン。

 

普通に手渡してくれればいいのに何故そんな三文芝居をするのでしょう…
この手の客は両手で包み込んで握手しながらねじ込むように渡そうとする
場合が多いのですが、誰にも紙幣が見えないのをいいことに、周囲には
一万円札と思わせての実は千円札というパターンがほとんどなのですよ。
費用対効果としては優れた手法だなと褒めてあげたいところですが、以前、
本当は気が小さいくせにあまりにも失礼な絡み方をしたことに対してお灸
をすえる意味で、小さく畳んだ紙幣を受け取った瞬間にわざとテーブル上に
落としたことがありましたよ。
当然ホステス達も「えっ、銀座のチップでまさかの千円札? セコ!」って
感じでドン引きしていましたが…まあ、ケチと臆病は治らないので。

 

例外的にDランクの客もいるようで、私と同世代のあるマジシャンのエピ
ソードです…若い客が「チップを一万円あげようと思ったけど、あんたの
マジックだと五千円だな」と札を破って半切れを渡し「残りの五千円が欲
しかったらもう一つ見せてよ」と言ったそうです。
グッと堪えてもう一つ見せると「う〜ん、今のは二千五百円だな」と言いな
がら手元の半切れをさらに半分に破ったとか…。

 

さらに某後輩マジシャンのエピソードです…あるテーブルでの演技後、再び
そのテーブルの客に呼ばれたので訝しげに伺うと、少し離れた位置に立つ
ように命じられ、そこに一万円札の紙飛行機を投げられて「ほら、拾えよ」と
言われたそうです。
まあこの二例のような酷い客は滅多にいませんが、事程左様に成金の絡み
方はえげつないものなのです。

 

若手の頃は耐えられた礼を失した客の態度が歳を重ねる度に赦せなくなり、
チップを出されてもカチンとくる…潮時です。
周囲には40歳までに銀座を引退する事を宣言し、各店舗にも告げました。
ただ長く世話になったクラブから年に一度だけでもとお願いされてその店
のみ延長、44歳(2006年)までかけてフェードアウトしていったというのが
実情です。

 

ただもうあの頃からマジックバーなるものが爆発的に増えて、夜の街では
眼前でマジックを観ることが珍しくはなくなり、コモディティー化の波に
飲み込まれることにも抵抗がありました。
またデフレの影響で一部の勝ち組の店を除いてはかつてほど高級クラブの
勢いはなくなっていたので、自分がまだやる気満々であってもやや高めの
ギャラ設定をしている以上、そのうちお払い箱になるかもなと肌で感じ始
めて、需要がある今のうちに撤退した方が格好がつくだろうと判断したの
も事実ですね…年齢や時代、色んな意味で潮時だったのでしょう。
その後「酒席の格」よりも「客層の格」に主眼を置いたスキミング戦略に舵
を切ることになったのです。

 

そもそも銀座の高級クラブではチップをどう受け取ることが正解なのか…
教科書はありませんから暗中模索で独自の雛形を構築していきました。
ご存知の方はご存知のように、私は少々(?)毒を吐く傾向がありますから
それを堂々とキャラにして、客の顔色や性格を観察しながら毒の濃度を調
節しつつ、時にはかなりえげつない手法でチップを頂く(巻き上げる?)こ
ともありました。
ただそれはブラックはブラックなりに己のキャラクターをしっかり把握し
た上で、責任を取れる自分だけがギリギリで逃げ切れる手法であることを
正しく伝えず、後輩マジシャン達に少なからず悪影響を与えてしまったこ
とは大きな反省点ですね。
火傷した方々…ごめんなさい、お大事に!

 

でも、自分のキャラクターに合わないのに「パクリや受け売りのきわどい
トークやギャグ」で客を怒らせたりドン引きさせる事故原因の大部分は、
想像力の欠如に基づく安直さやマジシャンとしてのスペックの低さに起因
していることがほとんどなので、自己責任なんですけどね。

 

さあ、このテーマは次回チップ論4で完結します。

|

チップ論 2

前回に続いてのチップ論2ですが、今回は私の経験談を中心に、かなり
生々しく下品かつ嫌味な内容だと受け取る人もいるであろうし、自分の
タブーにも触れることになりかねないし、マジシャンの固有名詞を出さ
ざる得ないエピソードも含まれるので、書きおろすには若干の抵抗があ
りました。(今回のエントリーに関しては、名前が出てくるマジシャンの
方々には当時の史実を確認して許可を取っています)
                                      
私が銀座のクラブやレストランバーに出演していたのは、27〜44歳
(1989〜2006年)までの実質17年間です。(最初の2年間はセミプロ
としての立場でした)
私のようなローカルマジシャンが東京それも銀座に進出できたきっかけ
はMr.マリック氏の推薦があったからでした。

 

高級クラブで通用するマジシャンをとのオファーをマリック氏の事務所
が私に振ってくれたことが始まりでした。
当時すでに中洲のクラブで実績を積んでいたのも理由だったのでしょう。
                                      
もちろん私の拠点は福岡なので銀座まで通っていたのですが、常勤と
いうわけではなく、クラブの周年記念、ママの誕生日、クリスマスや季節
ごとのイベント等、3〜5日連続の出演を年に5〜6回というパターンで
スタートしました。
当時は銀座のマジックバーもたしか老舗の2〜3店舗しかなく、レスト
ランではなく高級クラブでテーブルホッピングをするマジシャンは皆無
だったらしく、客のほとんどが眼前でマジックを観るのが初めてだった
のか評判を呼び、姉妹店を含めて出演店舗も次々に増えていきました。
ところが姉妹店はともかくライバル関係にある複数のクラブに二股三股
かけるわけにもいかなくなり、後年はマリック氏の事務所から派遣して
もらう形で、ふじいあきら氏やRYOTA氏、弟子のRintaroらと共に手分
けしながら出演していたものです。(彼等は言わば銀座の戦友ですね)
                                      
1991年に大学病院を退職し、本格的にプロ活動を開始するにあたり
腐心したのがスタイルやキャラクター作りでした。
「医師ライセンスを持つプロマジシャン」という「異端」を売りにすると
しても、まさか高級クラブに白衣で出演するわけにはいきません。
まず決めたのが、スーツ姿でも敢えて「ドクターズバッグ」を携行する
こと…それまでのマジシャンは100%アタッシュケースでしたから、
最初は違和感(やはりスーツにドクターズバッグはダサく感じましたね)
があったものの、テーブルホッピングの際には両足の間に置いて上部
から道具を出し入れできるし、ラピングできる便利さは重宝しましたね。

ドクターズバッグを携えテーブルに着く度に「はい、お待たせでした、
往診ですよ〜」という先手を打った導入も年配の富裕層が多かった
せいか、そこそこ受け入れてもらえていました。
相手の脈を測りながらカード当てを演じる等、ドクターというアドバン
テージを生かす演出を考えていました。
ドクターというのは診察で患者の身体に抵抗なく触れる(エッチな意味
ではありませんよ)習性がありますから、そこからウォッチスティールが
キラーエフェクトとして発展していったという事実もありますね。

 

その延長線上に「ドクターならでは」のギャグが生まれていきました…
「これが消える瞬間が見えた方は遠慮なく見えたと仰って下さい、紹介
状なら無料で書きますので良い病院を紹介します」
「こないだ見えたと仰った方はまだ入院しています」
さらにパフォーマンス終わりに立ち去る際には、
「お大事に!」
「お気を確かに!」
まあ現在ではあちこちのマジックバーを中心によく耳にするギャグにな
ってしまいましたが、特に発言主がドクターでなくてもウケるのは事実
のようですねぇ。
ドクターズバッグも、現在では多くのテーブルホッパーが常識のように
携行しているのを見ると隔世の感がありますが、これに関しては知り合
った1994年頃、その便利さに目覚めて早速アタッシュケースから切り替
えたふじいあきら氏の絶大な影響力が、その後の雛形として多くの若手
マジシャン達に及んでいることは間違いないでしょう。
                                      
私が銀座デビューした頃は、あの日本史上最大の宴会であるバブルは
弾けた直後だったものの、まだまだ熱狂の余韻はありました。
客足が減ったと巷間云われていましたが、減ったのは金持ちに奢っても
らっていた人達(このレベルの客にはチップを出す余裕はありません)
だけで、バブル前からちゃんと自分の金で遊んでいる上客だけが残って
雰囲気も良く、チップの渡し方も嫌味なく実にスマートな人が多かった
記憶がありますね。
中洲のクラブでも演じてきた経験があるとはいえ、やはり銀座は違うな
と感じたのは、チップを出す客の多さとその額でした。
一晩のチップが10〜30万(平均20万)でギャラと合わせると一晩合計
40〜50万というのが続いたのです。
ギャラは労働の対価としてキープし、浮世で貰ったチップなんて元々無
かったものとして浮世に還元すべく、客がチップをつい出してしまう様
に仕向けてくれたホステスさん達にキックバックしたり、アフターに連
れて行ったり、普段は扉を開けることも憚られる高級クラブやレストラ
ンで使いまくりましたね。(良くも悪くも現在に至る夜のクラブ活動の
習慣は、この頃醸成されてしまったわけです、はい)
また馬鹿な散財をして…と思う方もいるでしょうが、それによって大枚
を払う客の気持ちも把握できたし、背伸びしながら未知の体験をするこ
とでセレブリティとの接し方にも役立って、現在のマジックビジネスに
直結していることを考えれば生きたお金だったなと思いますね…やはり
勉強は自腹を切らなきゃ身に付かないってことですね。
                                      
一方キープしたギャラで生活することはもちろん、海外からイリュージ
ョンを取り寄せたり大型鳥を次々に増やしていたわけですが、そういう
目立つ行動や言動をしていると、真実を知らない口さがない一部の同業
者からは、やっかみなのか「あいつはどうせ医者で稼いでるんだろう」
などと 根拠の無い陰口を散々叩かれたものです。

 

そういうやっかむ人に限って昔も今も誰も憧れない暮らしをしているも
のですが…。
                                      
では何故銀座のクラブから足を洗おうと思ったのか…その一つは、次第
にやさぐれていく自分を自覚できたから。
最初はちゃんと完成されたルーティンを演じようとしていた自分が、無
意識に効率良くチップを「回収」しようとしていたのか、いつの頃からか
酔客に合わせた一発ギャグや下ネタでお茶を濁していた現実とそんな
自分と正直に向き合った時の嫌悪感…。
                                      
銀座デビューした頃、まだ純真(?)だった自分も次第にやさぐれて、
チップを貰うのが当たり前という感覚になっていき、チップを出さない
客に対して不機嫌な表情をした自覚もありました。
そしてついには一晩のチップが10万以下だと、今夜はついてないなと
すら思うようになっていました。(いやはや、このやさぐれ方は天罰が
下るレベルですよね)
                                      
まあ、ここまでのことなら接客業としての意識改革をすれば解決できた
はずなのですが、チップという魔物は私のプライドをズタズタに引き裂
き始めました…続きはチップ論3で。
                                      
                                      

 

 

                                      

|

チップ論 1

 

今回は、私自身が欧米を旅行した際に「チップを払う側」として、また
夜の銀座でのパフォーマンスで「チップを受け取った側」としてという
二つの側面から、チップについて4回に渡って考察してみます。
                                      
もちろんチップ文化が根付いた欧米とそうでない日本とでは、チップの
イメージには相当な乖離があることを前提としても、一般的には「良い
サービスの対価、あるいは心づけとして支払うもの」という認識と思わ
れていますが、どうやら間違っているようです。
                                      
欧米の場合、チップとは…「単に従業員の給与の一部をオーナーに代わ
って支払うもの」なのです。
例えばレストランの場合、その従業員は大きく二つに分かれています。
一つは客と直接接する「チップ制従業員」…クローク、バーテンダー、
ウエーター等表のスタッフ、もう一つは客と接する機会がない「チップ
制でない従業員」…シェフや皿洗い等バックヤードのスタッフです。
連邦政府が定める最低賃金は「チップ制でない従業員」の方がかなり高
めに規定され、「チップ制従業員」についてはチップを含めた最低賃金
が「チップ制でない従業員」に満たない場合は、その差額を雇用者が補
うとされています。
                                      
つまり「チップ制従業員」は、我々が払うチップをサービスの対価とし
てではなく「給与の一部」としか考えていないわけです。
だからこそチップが少ないと追いかけて来ることもあるわけで、実際に
私もロサンゼルスの寿司屋で現地在住のマジシャン、ダグ・マロイ氏と
会食後、チップの額に不満を持ったスタッフが駐車場まで追いかけて来
たことがありました。(あまりの必死さに圧倒されて追加して払いまし
たが、サービスに不満があった場合は断固拒否してもいいようです)
                                      
実は従業員が受け取った現金のチップはプールされ、クレジットカード
で支払われたチップはオーナーから金額が伝えられて「チップ制従業員」
に振り分けられています。
客が払ったチップは法律で「チップ制従業員」しか受け取れないことに
なっているので、オーナーが一部を「チップ制でない従業員」の給与や
店の修繕や設備投資に充てたりして訴えられるケースもあるようです。
                                      
なんか面倒くさいので、最低賃金を統一して、いっそチップ制など廃止
すればいいのに…とも思いましたが、古き良き時代のラスベガスで毎度
ショールームのスタッフにチップを握らせて良い座席にアップグレード
させたことを思い出すと…チップのパワーが垣間見えるし、功罪含めて
悩ましい問題ですねぇ。
チップ文化が根付いていない日本においては、飲食店のメニューに別途
サービス料金や深夜料金が併記されていることがありますが、強制徴収
に近いあれがチップの代わりなのでは…と私は認識しています。
                                      
そんな日本におけるチップ…大衆演劇の花付け(おひねり)や老舗旅館
の仲居さんに心づけを渡す文化はあるものの、そのほとんどは高級クラ
ブやショーパブ等の酒席において、夜の蝶やエンターテイナーに対して
支払われているものでしょう。
このような場におけるチップの意味合いの多くは「相手に対する心づけ」
ではなく、ズバリ「支払う側の見栄」そのものではないでしょうか。
(あくまでも私の独断と偏見ですが…)
                                      
私は過去17年間、銀座の多くのクラブやレストランバーでクロースア
ップマジックを演じ、大変有難いことに潤沢なギャラとチップを頂戴し
続けてきました。
そして現在、このチップが発生するような現場のオファーは一切受け付
ていません。
そんなに儲かるのになぜやめたかって?…それは「チップは魔物」であ
ることをはっきり認識したからです。
では、ギャラだけ頂戴してチップを受け取らなければいいのではと思う
人もいるでしょう…いやいや、銀座の高級クラブにおいては、一度出さ
れたチップを受け取らなければ、客に恥をかかせることになりかねない
のです。
銀座の高級クラブからの撤退…それはあんなに有難かったチップこそが
原因でした。
この辺の生々しいエピソードについてはチップ論2で…。

 

 

 

 

 

|