マジック

久しぶりのライヴ鑑賞

まずは寒波襲来の話題から…クリスマス寒波に続いて、またもや福岡でも
雪が降りました。
今回は冷え込みが強いために道路の凍結や水道管の破裂が懸念されていま
したが、蛇口から水をチョロチョロと出しっ放しにしておいたせいか凍結
は免れました。

どうしてもクルマで出かけなくてはならない用事があったのですが、さす
がにDBXを運転する気にはならず、セカンドカーで出かけました。
幸い道路も凍結しておらず、順調に走っていた時、フロントガラスの汚れ
が気になったので、ウォッシャー液を噴射してワイパーで拭き取ろうと
したところ、ウォッシャー液が凍っていたのか噴射口が凍結していたのか
わかりませんが、全く噴射できずに焦りました。
雪国の方でしたら珍しいことではないのかもしれませんが、私は初めての
体験だったので少々驚きました。

さらには門扉の取っ手の動きも悪くなったし、テレビの画面も変な映り方
をするという現象が出現しました。(井上陽水の「氷の世界」のようです)
テレビは元に戻りましたが、これも寒波のせいなのか気になるところです。

1月22日、東京国際フォーラムで開催された「スーパー4KマジックSHOW
Mr.マリック超魔術2023」を鑑賞。
私は前から5列目の席でしたが、振り向くと3階席まで埋まっているのを
見て、いやはや凄いなあと思った次第。

しかし、劇場の客席からしっかりとマリックさんのライヴを観たのは何年
ぶりでしょう…おそらく十数年ぶりのはずです。
共演することがほとんどだったし、その時は自分の出番の準備もあったり
で、常にステージ袖から観たり、お手伝いをした記憶しかありません。

ライヴの演目は割愛しますが、マリックさんにとっては孫世代にあたる
若手マジシャン達や他の分野のエンタメとの共演や東大生とのバトル等、
意欲的で斬新さと今後の可能性を感じる内容でした。
客席からのマギー司郎さんの飛び入り出演も盛り上がりました。
コラボに関しては、各演者を料理に例えれば、この料理をどうやって提供
するのだろう…なるほど、そうきましたかと感心することしきり。
個々に完成された料理の長所を相殺しないように、一枚の皿に美しく盛り
付けるのは実に難しいので、大変だっただろうなと察しました。
マリックさん、出演者の皆さん、お疲れ様でした。

開場までには時間があったので、GINZA SIXのフランクミュラーブティック
で目の保養をした後に東京国際フォーラムに向かいました。
さて、会場には多くのマジシャンの顔も見受けられ、終演後は総勢9人で
食事へ…有楽町から宿泊先の銀座方面まで歩いたのですが、日曜日という
こともあってビジネス街の飲食店の多くが閉まっており、なんとか見つけた
居酒屋の個室で閉店時間の午前1時まで盛り上がっておりました。
その後も数人でホテルの部屋飲みで、気がつくと午前4時…シャワーを浴
びて就寝、9時に起きて13時のフライトで福岡に戻りました。

しかし、ライヴも飲み会もあっという間に感じたということは、楽しかった
という証左なのでしょう…帰宅後も全く疲れを感じませんでした。
やはり、たまには「楽しむこと」は重要ですね。

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2023年 始動

2023年、明けましておめでとうございます。
今年も平穏で充実した年になることを願っております。

元旦早々まずやったことは…電動歯ブラシを最新型(フィリップス ソニック
ケアー)に交換。
目が覚めるほどスッキリするし、何より気分が一新します。

この年末年始は、鳥と遊んだ後は猫を膝に乗せながら、ハードディスクに
録り溜めた特番や映画を消化することに専念しています。
特に真剣に観入ったのが、NHKの「未解決事件」シリーズ…テーマ曲である
川井憲次の「ラビリンス」が事件の深淵と番組の重厚感を増幅させます。
この曲は「映像の世紀」のテーマ曲である加古隆の「パリは燃えているか」に
匹敵する名曲だと思います。
それと「鎌倉殿の13人」の総集編も観ましたが、これら以外の番組は倍速視聴
しないと、とても消化しきれそうにありません。
(ウォーキングマシンで歩きながら倍速視聴するのが効率的です)

年末は、知人からリクエストされた昔のマジック特番の映像をダビングして
いたのですが、いつでも観れるはずなのに、ついつい観入ってしまいました。
(ある映画のDVDを持っているのに、たまたまテレビで放送されていると、
つい観てしまうってことありますよね)

1973年FISMパリ大会、1976年PCAM東京大会、1978年世界奇術大賞、
1979年FISMブリュッセル大会、1980年オランピア劇場特集、1981年
PCAMロサンゼルス大会、1984年名人劇場マジックオリンピック…。
改めて観ると、昔の番組はド直球でフル手順を放送しているものが多くて
素晴らしいですね。(決して倍速視聴する気にはなりません)
そしてその手順を細かく観察すると…あの先輩マジシャンの演技は、実は
この映像のここを参考にしているに違いないとか、コンテストの受賞歴等の
史実を知ることができます。

特に私が16歳の時に参加したホテルオークラにおける1978年世界奇術大賞
ビッグコンテストの出場権を賭けた日本代表を決める国内予選のフル映像が
レアで面白過ぎる…日本マジック界を背負ってきた現在60〜70代の大御所
クラスの多くが出場しています。
プロアマ問わず競った17組のコンテスタント…アマに敗れたプロの顔には
悲壮感が漂うほどの真剣勝負でした。
当然のことながら、皆さんお若い!
そしてその頃から現在のスタイルがほぼ完成している方が多いことに驚か
されます。(日本代表に選出されたのは酒匂正文、鈴木清司、佐野由典の
3名、本選の結果はオランダのトニー・バン・ドメルンが優勝、ハンガリー
のピーター・グロビンスキーが金賞、アメリカのポール・ガートナーが銀賞、
日本人の最高位は酒匂正文の銅賞でした)

びっしりと録画された6枚のDVDを受け取った知人からは、中高生の頃に
観た映像を数十年ぶりに観ることができて感動していますとの連絡があり
ました。

私もつかの間のノスタルジーに浸ったのでありました。
(そんな年齢になったのだと自覚しております)

それでは今年も宜しくお願い致します。

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スキミング戦略 8

最終回です…

これまで7回(番外編を含めると8回)に渡ってマジックビジネスにおける
スキミング戦略について書いてきました。

スキミング戦略を成就させる上で第一義とすべきものは何か…それは何度も
強調していますが、差別化をはっきりと標榜することに他なりません。
差別ではありません…「差別化」です。
世の中では当然のように差別化はまかり通っています。

飛行機に乗れば、ファーストクラス、ビジネスクラス、エコノミークラスと
分けられているのが普通ですが、高額な料金を支払ったファーストクラスの
乗客が、「他のクラスの乗客よりも目的地に早く着く」わけではありません。
あくまでも優先搭乗や機内サービスの差別化であって、それぞれが支払った
対価によって、座席のグレードとサービス内容に差があることは周知されて
納得済みですから、そこに不平不満等のトラブルは発生しません。

翻ってマジシャンの場合、それなりの報酬を要求して「どんなマジックを見せ
てくれるのですか?」と問われた時に、はっきりとした差別化のために、腕に
自信のある人がつい強調したくなる「誰よりも巧く」は実は通用し辛いのです。
(そもそも質問と答えが噛み合っていませんし…)
なぜならタネがわからない以上、一定レベルを超えた巧さの価値は一般人
には理解し難いために、報酬には反映し辛くなるからです。(ですから、巧さ
を認められたいマジシャンは、同業者が賞賛してくれるコンテストに活路
を見出すわけです)
「誰よりも巧くやる」ではなく「誰もやっていないことをやる」あるいは「誰も
見たことがないものを見せる」と自信を持って売り込めるか否か、つまり
相場観に流されないことが重要な分水領となります。

富裕層の顧客を獲得するという意味では、ブランディングの頂点とも言える
高級車のディーラーや高級腕時計販売のエキスパートに近い感覚も必要かと
思います。
単に「移動手段としての車」や「時間を知るための時計」という本来の機能だけ
を満たして事足りるのであれば、価格帯でもこれだけの差がある業界が成立
するわけがないのです。
「走るだけなのに、時間を知るだけなのに…なぜそんなに高額なのか?」と
懐疑的な人は、そもそもショールームやブティックを訪れません。
先に述べたように、飛行機において、到着時間は同じなのに料金は何倍も違
う座席のグレードの差別化が納得できない人は、ファーストクラスには座り
ません。
「特別な時間と体験を提供するマジシャン」であればこそスキミング戦略を採る
ことは、私は当然であると思っているし、もし実践するつもりがあるならば、
これらの業界の差別化がなぜ連綿と続いて圧倒的な支持をする顧客が絶えな
いのか…その理由を他人に説明して、ルサンチマンを論破できるレベルまで
理解するべきだと思います。

一定レベルのマジックの知識とスキルでマジシャンとしての武装をしている
ことは当然として、その上で身なりの清潔感、社会人としてのマナーと常識
(失礼ながら市井のマジシャンの中には、これが欠けた変な人を散見します)、
さらにある程度の語学力を身に付けておくことに越したことはないし、政治
経済の動向、一流ブランドやファッションのトレンドに幅広く精通した上で
さらに「聞き上手」であれば申し分ないでしょう。

最悪なのは、話題に事欠いて得意なマジックの話に強引に戻したり、客との
会話で無聊をかこって、無意識にカードやコインをいじり始めるタイプです。
マジック(武器)は主役ではなく、それを使わなくても豊富な話題と物怖じし
ないコミュニケーション能力(素手)で勝負できる「人間力」の方が重要です。

「只者ではない雰囲気を纏った常識人」であることが理想像かもしれません。

そこに気が付いたマジシャンにとっては、このフィールドはブルーオーシャン
に違いありません。

スキミング戦略…完





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スキミング戦略 7

前回からの続きです…

私自身、若手の頃は生活のために、あらゆる環境での仕事のオファー受けて
きましたが、ある考えからお祭りやショッピングセンター等の不特定多数の
観客が無料で観覧できる現場は極力避けるようになりました。
(その理由は2021年5月の「マジックと愛車遍歴番外編2」で詳しく書きました)
そしてスキミング戦略を基にした戦術を立て、自分なりにステータスを向上
させるために、かつ自己実現のために一瀉千里に駆け抜けてきたつもりです。

しかし、どこに到達すればゴールなのか…偉そうなことを書いておきながら、
現実には自己評価すら曖昧模糊としているので、方位磁石のないこの業界で、
自分が今現在どのポジションに立っているのかは定かではありません。
「ビジネスとしてのマジック」に主眼を置けば「本流」のつもりではいますが、
マジック界という特殊な村社会では「傍流」と見られているかもしれません。

そもそもスキミング戦略に否定的で、中にはルサンチマンの本領を発揮する
人も一定数存在します。
逆に興味のあるマジシャンも一定数おられるでしょうから、その方々のため
に自分の考えを一つ吐露すれば、マジックビジネスにおけるスキミング戦略
は一朝一夕で成就するものでもなければ「このマジックをこのスタイルでこの
シチュエーションで演じればそれでOK」という最大公約数的な模範解答も
ありません。

ただはっきりしているのは、人生を左右するあらゆる場面で当てはまること
ですが、「戦略のミスは戦術ではカバーできない」ということ。
身近な例として、マジシャンが陥穽にはまりがちな事象…とにかく仲間うち
(ニッチ市場)で認められたくて、主戦場をそこに設定してしまう(戦略)と、どれ
だけ凄いテクニックを誇示しよう(戦術)が、経済的にはなかなか機能しない
ために、大した対価は得られないということ。
通常、ニッチ市場を狙うのであれば、そこにはビジネスとしての大きな見返
りの確信があればこそなのですが、そもそもマジック界自体がニッチなのに、
さらに自己満足に等しいニッチな部分には、それを望むべくもありません。

ところで、マジシャン同士が見せ合うと、見せてくれた相手に同意を得る
ことも仁義を切ることもなく、「見せてくれた」あるいは「見破った」という事実
が即「教えてくれたのだ」とか「このまま演じていいのだ」(ギャグを含めて)
という勝手な解釈に脳内で都合良く変換されることは異常だと思います。
(お気を確かに!)

閑話休題…

スキミング戦略のスタートは、まず業界の相場観に流されずに「ギャラを払う
側から見た時に、自分のショーはいくらが適正価格なのか」を考えることと、
「他のマジシャンと差別化できる売りとしての付加価値はあるのか」を確認
することです。
人間としての深みが醸成されないまま、パクリのジョークと凡庸なマジック
ばかりを演じてブランディングもできていない状態では、ギャラ交渉の際の
説得力に欠けることは言うまでもありません。
また「有名マジシャンのアレと同じことができます!」と売り込むのは、「売り」
ではなく「安売り」というレッテルを自ら貼った病的なほど下品なセールス
トークです。
(おだいじに!)

高価格帯を狙うスキミング戦略、低価格帯を狙うペネトレイティング戦略…
どちらのビジネスモデルを採るのかで生き様が投影されるのですが、どちら
でもない道…例えば、業界の相場に合わせて「クロースアップマジックから
イリュージョンまでの幅広いレパートリーで、あらゆる世代に夢と感動を
お届けします」…という中庸が一番無難なのかもしれません。

それも一つの生き様ではありますが…「記憶に残る幕の内弁当」はありません
から。

次回8(最終回)へ続く…


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スキミング戦略 6

前回からの続きです…

現在の市場を俯瞰した時に、この停滞した社会においては、リーズナブルな
マジシャンほど忙しいのでしょうか?…生活必需品ではなく嗜好品に近いと
も言えるマジックショーの場合は必ずしも当てはまりません。
世の中も幾分落ち着きを取り戻し、いわゆる営業出演も漸増しているようで
すが、あらゆる価格帯のマジシャンの仕事量が、コロナ禍以前に戻ったとは
まだ言えない状況ですし、第8波流行の兆しもあって予断を許しません。

また現在の日本経済はインフレが進行し、収入は増えないのに物価が上がる
というスタグフレーションに陥り、さらに歴史的な円安が追い打ちをかけて
います。
しかしどんな時代でも、景気に左右されない岩盤のような富裕層は一定数い
るもので、それが証拠に高級車や高級腕時計、宝飾品、絵画が売れまくって
います。

最近の日本経済新聞に「百貨店外商、40代以下に的」の見出しで主要な百貨店
が若い富裕層を取り込むことに注力しているとの記事が載っていました。
もともと外商は武家屋敷を回って注文を聞いた江戸時代の呉服屋にルーツが
あり、専任販売員が顧客宅まで通って、要望に手厚く応じるシステムです。

私はスキミング戦略の一環として、外商の顧客を対象としたマジックショーを
幾度となくやってきました。
その客層は一つの百貨店で概ね年間に一千万円以上の買い物をする人達で
すが、確かに近年は若い層が増えている印象でした。
それを裏付けるように記事によると、特に消費意欲の伸びが著しいのが30代
から40代の比較的若い層で、伊勢丹新宿本店の外商顧客のうち、44歳以下
の合計購入額はコロナ前の19年度比で5.4倍に増えたそうです。
実は驚くべきことに、ロールスロイスの購入者も40代が最も多いのです。
そして夫婦揃って高所得のパワーカップルが、タワーマンションを購入してい
ます。
ニューリッチとでも言うのでしょうか、この比較的若い富裕層が日本の経済
を回しているのです。

巷間、「失われた30年」と云われるように、年収水準が30年に渡って横ばいの
の日本は、中間層の消費力がほとんど成長していないわけですが、富裕層に
目を転じると状況は違っていて、仏コンサルティング会社キャップジェミニに
よると、日本で資産を100万ドル(約1億5000万円)以上保有する富裕層は
365万人で、米国に次いで2位で、3位にも2倍以上の差をつけています。

実はそれだけの富裕層がこの日本には存在しているのですが、野村総合研究所
では、日本の富裕層向けにサービスを提供するシステムやサービス(エンタメを
含めて)がまだまだ足りておらず、需給バランスのズレが生じているという
ことです。
富裕層の属性も多様化して、従来型の商品を入手するだけでは需要を満たせ
なくなり、自分達だけで「特別なものを体験する」という富裕層向けのコト消費
が必要となると言われています。

こんな千載一遇のチャンスに、スキミング戦略を採って積極的に富裕層にアプ
ローチするマジシャンがほとんど見当たらないのは勿体無いことなのです。

次回7へ続く…

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スキミング戦略 番外編

「スキミング戦略 4」においてクルーズショーについて書きましたが、その直後
にタイムリーかつ少しショックなニュースが飛び込んできました。

豪華客船「ぱしふぃっくびいなす」の事業終了、会社解散の報…
運航する日本クルーズ客船によると、今年12月27日〜2023年1月4日の
沖縄や奄美を巡るニューイヤークルーズが最終運航になるとのこと。

「ぱしふぃっくびいなす」は1998年の就航以来、多くのマジシャンが乗船し、
各々に様々な思い出があることだと思います。
数百人収容のメインホールや、天井の低いナイトクラブのこじんまりと
したステージで演じた思い出が走馬灯のように蘇るマジシャンも多いので
はないでしょうか。
私が頻繁に乗船していたのは2000年代で、国内クルーズはもちろん、上海
やウラジオストクに寄港した海外クルーズも懐かしく思い出されます。
特にナイトクラブでのバードアクトで、オオバタンやコンゴウインコが客席
全体を低空で旋回飛行する様は目に焼き付いています。

事業終了の原因としては、やはりコロナ禍において2年間の運休を余儀なく
されて売り上げが立たなかったダメージは大きく、今年3月の運航再開後も
需要回復は難しかったようです。
日本のクルーズ客船はシニア層の顧客の強い需要に支えられているのですが、
「コロナが完全に収束するまで我慢しよう」という慎重かつ真面目な日本人の
気質というのも需要回復の遅れの理由と言えるでしょう。
なにしろ政府からは「原則屋外ではマスク無しでもOK」との通達があるのに、
外国人観光客が驚くほどにマスクをしている日本人が多いという事象は、
やはり同調圧力に弱い国民性が垣間見えると言ってもいいでしょうね。

さらに他のクルーズでも言えることですが、乗船前のPCR検査の手間や、
検査のために前乗りした客の宿泊費も大きな負担となっていたであろうし、
万が一、航行中に船内でクラスターが発生した時に、寄港地を所管する
自治体から着岸を拒否されて洋上で漂流せざる得ない懸念があることも
要因だったようです。
やはりコロナ蔓延初期に「ダイヤモンドプリンセス号」が着岸してその対応
に右往左往した横浜市のネガティブイメージが払拭されていないのでは
ないでしょうか。

先日、「にっぽん丸」に乗船した後輩マジシャンのショーの映像を見せてもら
いましたが、ドルフィンホールのステージと客席の境界に大きなアクリル板
がずらりと並んでおり、まるで水槽の熱帯魚を鑑賞しているようでした。
照明の反射で客席から見づらくならないように考慮して、斜めに立てては
いるものの、そのせいで演者からは客席が全く見えない状況になっている
とか…。
さらに客をステージに上げる際には、ソーシャルディスタンスを徹底
するために、客をステージ上の決められたサークル内(野球のネクスト
バッターズサークルのような)に立たせて、一定の距離を保つのがルールと
なっているそうです。

つくづくやりづらい環境になりましたが、そんな手枷足枷の状態でも努力
をした結果、パフォーマンスの評判や船内での立ち振る舞いの高評価を得て、
それを誇示したところで、貴重な仕事場そのものが沈んでしまっては元も
子もありません。
これからコロナの第8波の流行も懸念される現在、我々エンタメは不沈艦
となるための戦略を立てることが肝要かと思います。

次回6へ続く…





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スキミング戦略 5

前回からの続きです…

夜の街に目を向ければ、私は17年間(1989〜2006年)に渡って、銀座のクラブ
でクロースアップマジックを演じてきました。
(詳細は「チップ論」において書きましたのでご参照下さい)
銀座デビューした当時は世の中をMr.マリック超魔術ブームが席巻していま
した。
それでもまだ世間の人はクロースアップマジックというものに馴染みも無け
れば、テーブルホッピングという概念もありませんでした。
まだ免疫が無い当時の客は眼前で起こる現象に素直に驚き、次第に評判を呼
んで、有難いことに潤沢な報酬を頂戴しながら次々に出演店舗が増えていき
ました。
銀座のクラブというフィールドにおいては、充分な先行者利益を享受できた
と思います。

この17年の間、福岡と東京を頻繁に往復する過程で、ふじいあきら、ゆうき
とも、庄司タカヒト、後年にはRYOTA、高橋ヒロキ、そして北原禎人ら優れ
た後輩たちと知り合い、彼らの実力を目の当たりにして、自分がローカルの
井の中の蛙であったことも思い知ったと同時に、お尻に火が点きましたね。
近年ではハーフムーンのヒデ、そしてメイガス…彼らのような進化し続ける
ベテラン勢からも刺激をもらっています。

閑話休題…

高額チップが飛び交っていたあの時代も今は昔…その後の景気低迷で高級
クラブの勢いも衰え、マジックバーも激増したせいか、夜の街でマジックを
楽しむことはもはやスタンダードとなり、スキミング戦略を練る余地は少な
くなったと言えるでしょう。
さらに近年はコロナ禍が夜の街に大きな打撃を与えてしまいました。

今になって歩んできた道を振り返ると、景気も良くて好き放題にやれた寛容
な時代を駆け抜けて果実を食い尽くしてしまい、ペンペン草すら生えていな
い感もあります。
現在のようなコンプライアンスに縛られる窮屈な時代(動物やファイヤーを
使用するマジックが制限されたり、お笑いでも身体的特徴をいじることや
痛みを伴う罰ゲームが忌避され、人を傷つけない笑いにシフトされる等)に
自分が二十歳だったとしたら、あくまでもビジネスを第一義として考えた
場合、プロ活動には魅力を見出せずにアマチュアのままでいたかもしれま
せん。

私が幸運だったのは、マリックさん、ジョニー広瀬さん、サコーさん、清水
一正さんら偉大な先輩方に影響を受けて可愛がられたこと、また時代背景
の追い風や競合者も少なかったこともあって、ホテルや劇場でのステージ
ショー、クルーズショー、クラブでのクロースアップショーと様々な分野で
先行者利益を享受できたわけで、その気になりさえすればスキミング戦略を
採りやすかった時代と言えるのかもしれません。

どの時代に、どんな環境でこの世に生を授かり、どんなマジシャンの影響
を受けたかによって、確かに運・不運はあるとは思いますが、それだけで
結論が出るほど単純なものでもないでしょう。
どんなマジシャンをメンターとするのかも本人のセンスの発露であるし、
ブームの時でも波に乗れなかった人は多いし、この不確実な時代にあって
は、どの世代でも戦略なき人は青色吐息なのですから。

次回6へ続く…

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スキミング戦略 4

前回からの続きです…

私は1990年代初頭から、いわゆる豪華客船でのクルーズショーを行ってきま
した。
最初は1991年の「飛鳥」(現在は飛鳥II)だったと記憶しています。(この時、
ハーフムーンのヒデと知り合って以来、30年以上の付き合いが続いています)
プロとしての出演記録ノート(←2009年12月のエントリーです)を書き始めた
のが1992年からですので、それ以前の明確な記録はありません。
その後、「にっぽん丸」「ふじ丸」「ぱしふぃっくびいなす」や「スーパースター
ジェミナイ」等の外国籍の船まで、日本におけるクルーズショーの黎明期から
乗船して、先行者利益を得ることができました。

当時は予算も潤沢で、客層はリタイヤした富裕層が中心なので、ステータス
の面からもスキミング戦略を象徴するような現場でしたが、その後の景気
低迷でエンタメの予算も削られ始め、営業現場としてはコモディティ化した
と言えるでしょう。
ステージショーやクロースアップショーまでは仕事として理解できますが、
最近では早朝からマジック教室まで要求される場合もあるようです。
今日では、多くのマジシャンがプロフィールの実績として「豪華客船」と載せ
始め、逆に乗船したことがないマジシャンの方が少数かもしれない現状では
肩書きの売りとしては差別化できなくなりました。

近年、新型コロナウイルスのクラスターが発生したダイヤモンドプリンセス
号のネガティブイメージを完全に払拭できないまでもクルーズは静かに再開
しているようですが、本来の状態に戻るにはもう少し時間がかかりそうです。

老婆心ながら若いマジシャンにアドバイスをすれば…船内における行動は
意外とチェックされていて、パフォーマンスの評判以上にプライベートの
行動で評価が決まることも多いのです。(観光ではなく仕事で乗船しているの
ですから、客以上にはしゃいでいる様子をSNSにアップするのは控えた方が
賢明かなと思います)

典型的なNG例としては、知り合ったセレブな客に名刺を配りまくって仕事
のオファーに直接繋げようとしたり、客との距離を縮め過ぎて毎夜バーで
奢ってもらって個人的にマジックを見せたり、中には女性スタッフを口説く
などして女癖の悪さが噂になったマジシャンも…。

私はというと鳥たちと乗船することが多かったために、ほとんどの時間は
部屋にこもって世話をしていたし、娯楽としては図書室でアシスタントと
オセロゲームに興じる程度で、寄港地で下船して観光を楽しむこともほと
んどありませんでした。
ただ乗船中は運動不足になりがちなので、客が全員下船している間に甲板
を何周もウォーキングして一汗かいた後、大浴場を独り占めしていました。
客と観光地巡りをしたり、ましてや一緒に入浴するなど、決してするべき
ではないとは言いませんが、少なくともプロフェッショナルとしての私の
ポリシーの中では有り得ませんでした。
基本的には、客の目に触れるのはショーをしている間だけというのを徹底
していたつもりです。

湯船やサウナで客と談笑して素っ裸を見られた後に、煌びやかな衣装に身
を包んで颯爽とステージに現れたところで、そこに神秘性や凄み、まして
有り難み(←2010年8月のエントリーです)が生まれるはずがないのです。
この辺りの感覚はスキミング戦略の第一歩だと、私は固く信じています。

ところで、私の鳥たちは移動のために飛行機を始めとした交通機関におそ
らく日本一乗り慣れていたはずなのですが、あるクルーズでベニコンゴウ
インコが船酔いして、出番前のステージ袖で吐いているのを目撃した時は
驚きました…鳥も酔うんですよ。

次回5へ続く…

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スキミング戦略 3

前回からの続きです…

昔から全く変わっていない事象として、コンテストの受賞歴に目を向ければ、
世界的なコンテストで受賞したとしても世間で全く認知されない証左として、
テレビニュースにもならず、新聞にも載らず、一般人の間でも全く話題にも
ならないのは何故なのでしょう?(ストンと腑に落ちる理由を解説出来る方が
いるのであれば、ご教授頂ければ幸甚です)
この業界に長く身を置く者として、また若かりし頃は国内外のコンテストに
出て一喜一憂した者として、その辛苦や歓喜を理解できるだけに、受賞者が
世間に認知されないことは本当に残念で忸怩たる想いです。

先頃鬼籍に入られたアントニオ猪木氏の自著「猪木寛至自伝」(新潮社)には
次のような一節があります…「ボクシングであれば大新聞が記事にする。
しかしプロレスは絶対に取り上げない。どんなに人気があっても、私たち
は世間から蔑まれているのだ」…なにやら芸能界におけるマジックの扱われ
方に似ているような気がします。

世間的に知名度のない肩書きをズラリと並べて「俺はチャンピオンだ!」と
アピールしても、営業ギャラがさほど上がるわけでもなく、現実の仕事と
してはスキミング戦略に該当する場に呼ばれることは稀で、主戦場は相変
わらずコンベンションのゲストやマジックバーだったりで、実際の暮らし
ぶりからは、その栄光の肩書きが経済的に機能しているとは思えません。
結果、その価値を理解してくれる仲間内で賞賛する甘美に酔いしれ、覇業
を誇りながらも、生きるためにはペネトレイティング戦略を練るしかなく
なるのです。

お笑い界の賞レースでは500〜1000万円の優勝賞金が用意される上に、
その後の努力次第ですが、「売れる」という未来を約束されているからこそ
新陳代謝が加速して業界全体が活性化しているのです。
そしてここが大事なのですが、その新陳代謝を損なわないように、大御所
が賞レースに出て新人の邪魔をすることはありません。(もし審査員クラス
が出てきたら、忖度の嵐が吹き荒れてドン引きになるでしょう)
翻ってマジック界はどうなのでしょう?…敵は同業マジシャンではなくて、
他分野のエンタメなのですから、ショービジネスのリングに一瀉千里で突
き進む姿を見せつけるべきだと思うのです。

一般人から「世界的なコンテストで受賞したら、賞金はいくらくらい貰える
のですか?」と訊かれて困惑したマジシャンも多いのではないでしょうか?
私も幾度となく質問されたことがあって、「いや賞金はなくて名誉(?)だけ
なんですよ。副賞として次回の大会のゲストになれる程度で、トロフィー
を手に帰国しても、空港にマスコミやファンが待ち受けているなんてこと
はありません。せめて普段のギャラを少しでもアップするきっかけになれ
ばいいのですが…」と答えると、大抵の人は「えっ、自腹で海外まで行った
のに、そんなものなんですか?」と驚きます。(個人的にはピアノのショパン
コンクール程度の権威と知名度があればなあ…と思うところです)

今後プロを目指す世代に対してどうすれば「受賞したら(経済的に安定した)
素晴らしい未来が待っている」と自信を持って示せるのでしょうか?
何故こんな現状なのか…世間への発信よりも内輪で盛り上がって完結して
満足しているせいなのか、あるいは「色モノ」や「河原乞食」のイメージで、
稼がなくても「芸人の美学」として現状を受け入れたままの日本のマジシャン
の社会的地位が低過ぎるのか…マジック界全体で再考すべきではないかと
思います。

次回4へ続く…

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スキミング戦略 2

前回からの続きです…

前回のエントリーでは、スキミング戦略に基づいて充分な先行者利益を獲得
後に、ビジネスモデルがコモディティ化して差別化と収益化の効率が低下した
時点で、その分野への注力の縮小、あるいは撤退するようにしている…と書き
ました。
これまでのステージショー、クルーズショー、酒席でのクロースアップショー
等を例に挙げて、どのように心と行動が変遷したのかを数回に分けて書きま
しょう。

クソがつくほどのマジックマニアだった私は、学生時代に国内外のコンテスト
で優勝した経験はありましたが、それだけでは飽き足らず、やはり己の芸が
いくらで売れるのかという世間の評価こそが、アマチュアという立場では味
わえないプロとしての醍醐味だ…と当時から、そして今でも思っています。
(プロになって以降もコンテストに出続けるのも、いきなりマジックバーで
働くのも各自の生き様であるし、それでプロの醍醐味を味わいながら食べて
いけるのであれば結構なことです)
ですから、本当は稼ぎたいのにお金の話題を避けて、安易に「夢と笑顔と感動」
を第一義とする人がいくらプロを名乗っても、精神的には「良い人に思われたい
アマチュア」なのだと思います。

私が本名でプロ活動を始めた頃、口さがない同業者の「どうせあいつは医者
だから」とか「医者が道楽でプロごっこをしている」という陰口に辟易していた
時、それを察知して真っ先にプロとして認めて応援してくださったマリック
さんから現在の芸名を戴いたのは1994年のことでした。

アマチュア時代は親身に接してくれた地元の先輩マジシャン方が、私がプロ
宣言をして競合者になった途端に手の平を返すように冷たくなり、ギャラを
横並びで合わせるように懐柔したり、中には私を呼び出して直接「迷惑だから
プロになるな」と理不尽な説教をした人もいましたね。(縄張り意識の強い
地方あるあるなのかもしれませんが、皆生き抜くのに必死だったのでしょう)
私の心の中では「この人たちに口出しをさせず、仕事の獲り合いを避けるため
には、価格帯で被らないように自分が向上するしかない」という戦の篝火の
ようにメラメラとした炎が揺らめいていました。

高校生の頃から鳩をメインとしたダブアクトを手がけ、20代後半に自宅を
建てて調教の環境が整ったところで、最終的には大型鳥のみを使った完全な
バードアクトの完成を目指しました。
(詳細は「鳥の話」で書きましたのでご参照下さい)

実際にバードアクトを売りにした時点で、新規参入障壁が高くて競合者の
出現は当面は考えられない独壇場であったし、さらに海外にオーダーした
オンリーワンの道具やイリュージョンを導入したことで、結果的に長期に
渡って営業の現場で潤沢な先行者利益を得ることができました。
世間に迎合してブームに流されたり、本当は好みでもないのに稼ぎやすい
演目に傾注するのではなく、自分の演りたいことでスキミング戦略が成就
したことは、充実した時代だったと回顧しています。

しかし現在、体力的に若い頃のような無理ができなくなったこと、コンプ
ライアンスの縛りでショーに動物を使いづらい世の中になったこと、鳥を
使った後発マジシャンもちらほらと現れたこと、コピーイリュージョンが
蔓延する時代になったこと…これらの理由が絡み合って、少なくとも私に
とっては、かつてほどの魅力は感じられない市場となりました。

2010年代初頭から、このままのレパートリーを売りにするのは難しくなる
だろうと予想し、2020年代に入って還暦を迎える頃には、その時代の年齢
と体力とコンプライアンスに合わせた演技にシフトするべく準備を進めて、
物量作戦ではないスキミング戦略を練り始めて完成しつつあります。

次回3へ続く…

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