マジック

マルチワーカー (番外編)

過去何度も複業(副業ではなく複数の本業)をこなすマルチワーカーについて
書いてきました。

コロナ禍において大きなダメージを受けた業界としては、マジックを含む
エンタメ業界、飲食業界、旅行・観光業界が代表的なものとされていますが、
「週刊ダイヤモンド」に興味深い記事を見つけました。
それはテレワークの普及で通勤機会が減少したことでスーツが売れなくなり、
スーツ専門店が「脱スーツ」に全力を挙げている…という事象。

日本を代表するスーツ4社(青山商事、AOKI HD、コナカ、はるやまHD)の直近
の通期決算は営業赤字に転落しているものの、各社の事業内容を検証して
いくと、同じスーツ専門店であってもその苦境の度合いには格差が存在し、
「脱スーツ」の成否(つまり複業の成否)が企業の先行きを左右しつつあるの
です。

以下、記事の内容を要約すると…

業界1位の青山商事で堅調な成果を収めているのは実はフランチャイズの
事業群で、売り上げの10%を占める100円ショップ「ダイソー」のFCで、
同6%を占めるのが「焼肉きんぐ」のFCです。
スーツ専門店は郊外に立地している店舗も多いので、異業種企業と組んで
FCとして業態転換も可能であることは納得できます。

業界2位のAOKIは、売り上げ全体に占めるスーツの割合は4分の1程度。
AOKIでスーツよりも売り上げが大きいのは、オレンジ色の看板を目印に
する複合カフェ「快活CLUB」で、現在493店舗を展開して業界首位に君臨
し、スーツ事業の落ち込みを補って余りある状況を鑑みれば、先行して
「脱スーツ」に成功していると言えるでしょう。

上位2社はスーツの一本足打法に見切りをつけて第二の人生を歩み始めて
いるわけですが、下位2社は迷走しているようです。
コナカはレディースブランド「サマンサタバサ」の筆頭株主になったことが
完全に裏目に出たし、一本足打法を続けたはるやまは売り上げ不振の上に
親族経営にありがちなお家騒動の真っ最中で、回復の兆しが全く見られ
ない状況です。
先行きが厳しいスーツ市場で、ヒットも出ず、新規事業がうまくいかなけ
れば、業態転換してFC商売で生きていくか、淘汰されるしかないでしょう。

結局スーツ業界も冷静かつ迅速にマルチワークにシフトした会社が生き残
る可能性が高いという証左です。

翻ってマジック業界はどうでしょう。
一本足打法信奉者の「本物のマジシャンならマジック以外の収入を得るな、
自分はそうしてきたのだ」という浪花節的な武勇伝はもう通用しません。
それはまるでバブル期のスーツ専門店の論理そのものです。
純粋に「本物のマジシャン」であることに拘るならば、厳密に定義すれば、
レクチャーも道具の販売もバー経営もせずに、ショーのギャラのみで生き
ていく姿を見せるべきです。

マジック業界のみに身を置いていると視野が狭くなって、出演ギャラ以外
の収入を得ることもプロとして当然だと思いがちですが、他の業界のプロ
と比較すれば、その違いは歴然です。

現役のプロ野球選手は、空いている時間に有料の草野球教室を開催して、
自らバットやグローブを販売することはありません。
ゴルフのトーナメントプロは賞金で食べているのであって、地方の練習場
でレッスンプロのような真似はしませんし、アマチュアにゴルフセットを
売りつけたりしません。
売れている歌手は、素人を集めてカラオケ教室の先生はやりません。

自称プロマジシャンはマジックと少しでも関係があれば、自分がやって
いることはプロの業務としてセーフであると都合良く解釈しているのが
現実で、ある意味ではすでにマルチワーカーなのです。
マジシャンは営業出演以外にもマジックに関連した何らかの収入源を見出
すことが可能ですが、その優位性を棚に上げて、いつか売れることを夢見
てコンビニでアルバイトをしている若手お笑い芸人に「お笑い以外の仕事
をするな!」と面と向かって言えるでしょうか?

自戒を込めて言えば、年配になるほど「こうすべきだ、かくあるべきだ」など
と自身の成功体験を若手に押し付けてしまう傾向があります。
もう時代が違うのです…若くしてバブルのあぶく銭でイリュージョンが
やれたことも、緩いコンプライアンスのおかげで、いつでもどこでも
ファイヤーマジックや動物マジックができたことも、遠い過去の思い出
になるのです。

私以上の世代は一本足打法の「逃げ切り世代」として人生を全うできるかも
しれませんが、これからの世代はなかなかそうはいきません。
「アリとキリギリス」のキリギリス的な生き方をしてきた人も、今回の
コロナ禍で懲りたはずです。
しかしコロナが収束したとして、喉元過ぎれば…を繰り返すのであれば、
その楽観的な呪縛を払拭しない限り、必ず遭遇するであろう将来の災禍
を乗り越えることはできないでしょう。

安定してマジックを続けるために、またハイブリッドな人生の安全運転
のためにも、マルチワークはもはや「任意保険」なのです。

|

諦めるという美学

一般的に「諦める」ことはネガティブなことだと捉われがちです。
おそらく幼少期から「諦めるな」と鼓舞されて育てられた人ほど、そう感じる
のかも知れません。
私自身もどちらかというとそのように教育された方ですが、親の意に反して
多くのことを諦めてきました。

そもそも子供の頃は「夢を諦めるな」と励まされ、大人になってからは「いい歳
して、そんな夢諦めろ」と貶されるのですから、人のアドバイスなんて無責任
なものなのですよ。
まあ「夢」という曖昧模糊としたものが対象であるなら仕方がありませんが…。

私は諦めることは決して悪いことではないと確信しています。
「名誉ある撤退」と言い換えてもいいでしょう。
ただ諦める瞬間にちょっとした無念を噛み締める場合があるけれど…それは
単なる判断の結果に過ぎないのですから。
「大失敗」というのは、往々にして諦めなかったことが原因です。
ここで重要なのは「目標」を諦めるのではなく、目標に近づくための「手段」や
「方法」を諦めるという意味です。
「現実的な目標」のために「非現実的な夢」を諦めなければならないこともある
でしょう。
私自身、多くのものを諦めながら(削ぎ落としながら)、最終的には大きな果実を
手にしてきた自負心はあるし、「冷静になって諦める」という経験は、抽象的かつ
客観的な思考を育むことに繋がるはずです。

マジシャンとしての生き様を例にすれば、人によっては孤高の営業プロと
して圧倒的に稼ぐために、マジシャン仲間と徒党を組んだりマニアが集う
世界でちやほやされることを諦める(距離を置く)というのもあるでしょう。

マジックの手順を考える際に、最初は実現不可能な理想像を描いてスタート
すれば、その理想の手順に到達するためには、近道だと思った「ルート」や
「方法」を諦めなければならない場面に何度も遭遇するはずです。
その体験が無い人は、おそらく既製の売りネタを羅列しただけで、諦める
というのは商品が高くて手が出なかった時にしか感じないでしょう。

マジックの「手順」というものを履き違えてる人がいますが、ボーリング球
を出して、3本リングを演じて、テーブルを浮かすことは手順ではなくて
商品紹介ですから、諦めるという場面はほとんど無いはずです。
中国製のコピー道具が壊れたって?…自業自得だからさっさと諦めなさい!

若いうちに色々な手順を作って取捨選択をするセンスを磨き、何度も繰り
返し忸怩たる思いをすることが、将来の果実を手にする近道です。

マジックの手順を作ることは「諦め」の学びであると同時に、学びによって
辿り着いた諦めは、紛れも無い「美学」なのです。


|

できない理由

恥ずかしながら若い頃から「できない理由」を言い訳にしてきました。

中高生の頃、ビリヤードボール(ミカメ製45ミリ径と55ミリ径)をちょっと
練習して挫折すると、できない理由として「手が小さいから…」、「指が短い
から…」とすぐに口にしていましたね。

1979年の高校2年生の夏、若かりしマリックさん(当時30歳)のビリヤード
ボールの演技を目の当たりにしました。
決して大きな手ではないマリックさんの目の覚めるような八ッ玉の演技に
衝撃を受けて、手の大きさのせいにしていた自分を恥じました。(今でも
時々この映像を観ては、目を覚ましています)

プロ活動を始めると必ず陥る言い訳があります。
「こんなのができても営業向きではないから…」、「お金にならないから…」、
「客が理解するには難しすぎるから…」 etc
そんな弱い自分と向き合いながら、一つずつ解決してなんとかここまで
来た人生です。

投資が好きな私が最近よく感じるのは、日経平均株価が31年ぶりの高騰で
市場が盛り上がる中、ちょっと利益が出たと話題にすると、往々にして
「自分には元手がないから…」と投資のかけらも勉強していない人に限って
口にしがち。
元手があれば確実に利益が出るのなら、一定の資金さえ準備できれば損失
を計上する人は一人もいなくなるわけで…そんな甘い世界ではありません。
試しにその言い訳をする人に100万でも預けて自由にやらせたら、あっと
いう間に蒸発させてしまう可能性が大です。
この場合の言い訳の正解は「元手がないから…」ではなくて「全く勉強して
いないから…」あるいは「全く興味がないから…」でしょう。

物事に向き合う際に、なんとかできる方法を考えるよりも、まずできない
理由が次々と口から出てくる人と話した時の苛立ちといったら…ホントに
貴重な時間を返せという気分。(口からカードなら楽しいのですが…)
「何か始めようにも資金がないから…」、「良い環境の現場がないから…」、
「いつも酔客相手だから…」 etc
そして最近は何でもかんでも「コロナだから…」

コロナ禍以前からそれほど忙しくもない人に限って「自分はマジックしか
できないので…」と平然と宣いますが、マジック舐めてんのかって話ですよ。
理由を問うこともありませんが、どうせ「バイトの時間に起きれないから…」
「いい条件の仕事がないから…」、「マジック以外のスキルがないから…」と
息を吐くようにできない理由が出て来るに決まっているのです。
夜の世界で、楽して小遣い稼ぎをするという「ぬるま湯」に浸かり過ぎて、
指も脳もふやけてしまったのでしょう。

他には取り柄はないけどマジックだけは得意と気宇壮大に語るナルシスト
のマジックは…大抵できてませんから。
そのことに本人が気付いていないところがまたイタイのですが、「受け身」を
知らずに柔道の試合に出続けているうちに、痛覚が喪失したのかも知れま
せん。
マジック界はリハビリの場でもなければ、普通の仕事ができない社会不適
合者の駆け込み寺だと思われたら、いい迷惑です。

話は少し逸れますが、クラウドファンディングも玉石混合の状態。
一例を挙げれば、確固たるボランティア精神があるのなら自分達が一肌脱
げばいいだけなのに、コロナ禍で経済的に苦しいせいか、イベントをダシ
に他人の金を集めるのみならず、さらにオブラートに包んで美談に仕立て
上げて感謝までされようとする企みが透けて見えると、本当に興醒めです。
こんな悪手が何度も通用するとは思えませんが、これは「やる理由」が胡散
臭くて、とにかくみっともない!
どんなに優秀で好感度が高かろうが、勇気を持って「やってはいけない理由」
を進言し、諭してくれる常識人が周囲にいないことが致命傷なのでしょう。
…とりあえずこの話題はここまで。

そもそも、「できない人」に共通しているのは、メールの返信や電話の折り
返しが遅いこと…。
本人が持ちかけた重要な案件でも、平気で半日や一日遅れて連絡してきて
「すみません、バタバタしてました」が定型文になっています。
こちらは「忘れていたか仕事が遅いからバタバタしてんだろ。どうせ暇な
くせに」と内心ボヤいています。

「できる人」は忙しい中でも「後ほどこちらから連絡します」と即折り返し
をするものです。
これは一流ブランドで売り上げがトップクラスの担当者や車のディーラー
では顕著ですし、マジックの仕事上で知り合う優秀なスタッフにも共通
して言えることです。
そして彼らに無理を承知でお願い事をした時…最初からできない理由を
口にすることはなく、結果はどうあれ、なんとか実現・成就するように
奔走してくれます。

悪手のクラウドファンディングの例を挙げるまでもなく、人はあまりにも
暇になって不安を感じると、ろくでもないことが頭によぎる弱い生きもの
です。

ですから巷間云われる「仕事は、忙しい人に頼め」は正解なのです。

 

|

マルチワーカー 3 (完結編)

前回からの続きです…

コロナウィルスが日本に上陸した頃、多くのマジシャンは楽観的に捉えて、
毎夜宴の真っ最中でした。(特に「アリとキリギリス」のキリギリスタイプの
マジシャン)
護るべき家族がいたり危機管理ができているマジシャンほど事態を深刻に
受けとめて早めに動き、専業プロという薄っぺらな見栄など捨てて複業を
始めるなどしてマルチワーカーへと転身していった印象です。
宴が次々に中止になり店が休業になるに及び、酒で脳が溶けたキリギリス
もさすがに「これはただ事ではない」と危機感を持つに至ったようです。

1999年、神奈川県の玄倉川の中州でキャンプをしていた産廃処理会社の
社員やその家族が、増水による再三の避難勧告を無視してキャンプを続行、
水かさはあっという間に胸元まで増して多くが流され、13人が死亡した痛
ましい水難事故を思い出しました。
検索したら動画もありましたが自業自得なのに「早く助けろよ!」と怒鳴る
おじさんには閉口しましたね。
まだまだ大丈夫というバイアスがかかってしまった典型例でした。
コロナの増水によって中州に取り残されたマジシャンの運命は…。

ここまでコロナ禍が長引くとは思っていなかったのか、ついこの間まで
「あいつはマジックで食えなくなったからバイトを始めた」と他人をディス
っていた自称専業プロほど困窮し始めて、ディスった手前、今更動きが
取れなくなって、ますます困窮するという負のスパイラルに陥るのです。

マジック以外の収入に頼ったら本物のプロではない…と、資格も免許も
不要な職業の虫眼鏡が必要なほどの小さなプライドに拘泥し、カッコを
つけて「芸人たるもの末路哀れは覚悟の前」と有名落語家の名言をパクって
はみたものの、いざ仕事がなくなるとジタバタしているのが現実です。
ガス欠や故障で立ち往生しても、保険やJAFにも入っていないために、
助けも呼べない状態です。
そんな生き方を選択したのも自業自得ですから、もしその場に遭遇した
としても、一瞥して通り過ぎるのが賢明でしょう。(情けは人の為ならず)
荒んだ空気を纏いながら「俺は専業プロだ!」と叫んだところで、世間の
人から苦笑いされながら「でしょうねえ」と言われて終わりです。

専業プロとしての生活が困窮したからといって他人を利用したり、タネ
明かしをしたり、コピー商品を販売したり…業界に迷惑をかけてイメージ
やステータスを貶めてまでマジシャンという職業にしがみつく必要がある
のか、その行動は本当にマジックを愛しているのか、利用しているだけな
のか…今一度、己の人生と真摯に向き合うべきだと思います。

せっかくの働き盛りの人間が、国からの支援金やあてもないオファーを
待ちながら、眉間にシワを寄せた顔で真っ白なスケジュール表と残高が
減っていく通帳とにらめっこをして、座して死を待つような日々をいつ
までも過ごしてはいけません。
40代までであればまだ伸びしろもあるので、早めに行動を開始するべき
でしょう。
50を過ぎると新しいことを始める気力や体力も衰え、経済的なリスクも
伴って選択肢がグッと狭まる上に、特にブルーカラー系の仕事は体力的
に辛くなるので、資格や何らかのスキルがあれば、ホワイトカラー系の
仕事を模索する方が賢明でしょう。
老年期にさしかかると、日々の暮らしを工夫しながら、なんとか年金を
受給できるまで逃げ切るしかないのですが、キリギリスの中には自分が
歳をとるなんて想像もしていなかったせいか、若い頃から年金を納めて
いない者も多く、全く受給できないか、受給できたとしても子供の小遣
い程度であることを知ると愕然とするのです。
(早く年金定期便を確認して、現実を直視すべきです)

マジックにおけるSDGs、つまり持続可能なマジシャン人生のためには
何が焦眉の急なのか、どのようなビジネスモデルを構築すべきなのか…
大きな課題を突きつけられています。
変化の大きな時代に安定して大好きなマジックを続けるためにも、一つ
の職業だけを人生の屋台骨にするよりも、個人の経営の多角化が必要
ではないでしょうか。
マルチワーカーとして収入の柱を複数持ち、合わせ技やハイブリッドで
生きるのが当たり前の社会になろうとしています…ていうか、もうなって
います。

ただし、肩書きが複数あったとしても中身が肝心です。
プロフィールに、これでもかとばかりに多くの肩書きを見せつける人は
胡散臭くて信用されません。
それはオファーの獲得に前のめりなマジシャンの、盛りに盛った実績や
プロフィールを見れば一目瞭然です。

盛り癖のある人は、実は苦しいのにSNSで「根拠や証拠に乏しいリア充の
日々」を発信しがち…不安な時期にそんなフェイク情報に惑わされて焦った
り嫉妬をしてはいけません。
実態は、必死で生きる生活臭が換気したくなるほど充満して蒸せ返って
いるのですから…。

住宅展示場のモデルルームがオシャレで綺麗なのは、そこに人が住んで
いないからです。

|

マルチワーカー 2

前回からの続きです…

まず初めに…「好きなマジックで稼ぎたい」のと「好きなマジックだけをして
稼ぎたい」とは大違いです。

ファジーな立場で営業活動をこなす人が多いマジック界には、他の職業では
あまり馴染みがない「フルタイムプロ」とか「パートタイムプロ」とか、一般人
からすればプロなのかアマなのかはっきりしない表現を耳にします。
この場合のパートタイムプロは、まさにマルチワーカーの範疇でしょう。

専業プロで稼ぐことが困難となった時、心の底からマジックを愛して続けて
いきたいと思うのであれば、その「好きなマジックを続けるため」に他の仕事
で稼いでみせるという気概があってもいいのではないでしょうか?
立ち位置を明確にしているアマチュアマジシャンは、まさに趣味である好き
なマジックを続けるために、日々マジックとは関係のない仕事に打ち込んで
いるではありませんか。
それすらできないのであれば、その自称プロの「マジックの好きさ度合い」は
アマチュア以下だったということです。

その程度のことは認識していないと、マジックだけしかやりたくないなんて
一般社会からは怠惰な「甘え」にしか見えないのです。
甘えたマジシャン人生を続けるのであれば、実家も出ずに一生親のスネを
かじる、ヒモになると割り切って嫁さんに働いてもらう、マジック好きの
金持ちのスポンサーに頭を下げて腰巾着になる、飲み屋の道楽オーナーに
雇ってもらってオーナーと酔客に媚びを売る、大義名分を掲げたクラウド
ファンディング(おそらくリターンは期待できない)で金を集める、同業者
の迷惑を顧みずにタネ明かしを始める、コピー商品を販売する…
選択肢は多いようですが、果たしてそこにはプロとしての矜持はあるので
しょうか?
あるいは、アフターコロナでまたマジックブームが来ないかなあ…なんて
他力本願の淡い期待を抱いているのかも知れません。
巷間ゼロコロナにはならないであろうことが共通認識となりつつある現在
においては、ずっとウィズコロナとなることを覚悟すべきです。

プロが他の仕事を始めるとプロの顔ではなくなるという意見がありますが、
大いに同意できる部分はあります…確かに、長年に渡って芸一本で食べて
きた一級のプロの顔から滲み出る迫力やオーラは、一朝一夕で完成したり
安易に模倣できるものではありません。
その凛々しい顔を人生の晩年まで維持できるのであれば、それに越したこ
とはないでしょう。
しかし残念なことに、仕事が減って生活に窮した特に中高年プロの卑屈な
顔ほど醜悪なものもありません。
色褪せた己の芸を過大評価し、危機管理もせずに、その不甲斐なさを棚に
上げて、政府や世間に八つ当たりをしても何の解決にもならないでしょう。

プロマジシャンは、頑なにマジック専業で食べていかなくてはならない
のでしょうか?
ハイブリッド車のように、ガス欠になった時には電気や他の動力で走って
はいけないのでしょうか?

専業プロであることのプライドに拘泥する中高年は、今の若手と違って、
きっと過去にそれなりにオイシイ思いを謳歌してきたがために、忘れる
ことができないのでしょう…それは、くすぶり続ける自我なのです。

残酷なようですが、思い出と戦っても勝てないんですよ。

次回3へ続く…

|

マルチワーカー 1

職業のあり方が主と副の2つだけという形にとどまらず、多くの仕事を並行
して手掛ける「マルチワーカー」が活躍する時代になっています。

私自身もここ10年以上の実践や経験から、数年前より「複業」(複数の本業
を持つこと)について何度も書いてきました。(以前にも書きましたが、現在は
マジックを含めて5つの収入源をなんとか確保しています)
マジシャンとして充分に稼いできたという自負はありますが、予想だにし
ない人生の紆余曲折や社会情勢の変化という波に翻弄される小舟のような
職業であることも経験してきたことから(忘れもしない1998年…通帳の残高
がほぼ底をついて焦りまくったことがあります)、昔から「複業」あるいは
「多業」の重要性を強く認識していました。

初めこそ、ギャラを下げるなどしてマジシャンのステータスを落とすこと
がないように、安定した収入源を増やすのが主目的だったのですが、実は
人間関係やスキル、社会に貢献する感覚など、お金以外にも多くの「資本」が
それぞれの仕事にひも付き始めるのが醍醐味にもなっていきました。
充てる時間や仕事の種類のバランスをとるのが重要ですが、マルチワーク
をうまく機能させた時のリスク分散の効果の大きさを、今回のコロナ禍に
おいて改めて実感しています。

日本経済の基盤である自動車産業においても、ガソリン車一辺倒からの
リスク分散が顕著になってきました。
2030年代には、全ての車がガソリン車からEVを主流とした新エネルギー
車に置き換わると言われています。(個人的に感じる言い方をすれば…車の
白物家電化でつまらなくなりそう)
ですから一部の車好きは、最後の生産になるであろうV8やV12エンジンを
搭載したモンスターカーに、今のうちに乗っておこうと焦っているのです。
(私もその一人ですが、例えると近い将来にウナギやマグロが食べられなく
なると言われて、慌てて食べたくなった感じですかね)

現在はハイブリッド車や水素自動車が注目されていますが、まさに過渡期
であり、車の動力源の複業化とも言えるのではないでしょうか。
動力がエンジンからモーターに置き換えられると、大手メーカーに供給
することで生きてきたエンジン専業の下請けは、業態転換をせざるえない
でしょう。
自動車産業の裾野は広大ですから、その影響は計り知れませんが、変化
することが決定事項として事前に周知されているのであれば、その衝撃に
対する策を練る時間はあるはずです。(突然の地震ではなく、台風の規模や
進路が予想できるわけですから)

時々こんな夢を見ます…大きな橋を渡っている時、背後から橋が崩落し始
めたので慌てて駆け出し、ギリギリで向こう岸に渡りきったところで目が
覚める…実際に時代やコンプライアンスから逃げ切っている世代で、その
自覚があるからこそ目覚めた時に安堵しているのでしょう。

私自身がマジシャンとしては時代遅れで、一旦壊れると修理費もかかるし、
燃費の悪いガソリンがぶ飲みの旧車であることの自覚もあるし、これまで
培って得意としてきた分野のマジックが廃れて、コンプライアンス上も演
じ辛くなっていることを肌で感じ始めた頃には、生き延びるために盤石の
体制を整えていたつもりです。
世の中の変化を敏感に読み取り、ハイブリッドなマジシャン人生を準備し
ておけば、たとえガス欠になったとしても電気や他の動力に切り替えて、
走り続けることができます。
専業プロというプライドに拘った挙句、ガス欠で路上で立ち往生するよう
な惨めな姿を晒すようなら本末転倒です。
世間の人は颯爽と走る姿を見ているのであって、動力源など見ていません。

人生の歩み方はもちろん、マジックの演目も、古典は古典として残しつつ
時代やコンプライアンスや客層に合わせてフレキシブルに切り替えられる
柔軟性が必要です。
時代はもの凄いスピードで変化しているのですから。

次回2へ続く…


|

すっぱいぶどう 2

前回からの続きです…

他人がある趣味や嗜好品に夢中になっているのに、それに水を差すように、
自分が経験したことがない事象、あるいは所有したことがない嗜好品を頭
から否定することは、キツネ認定との誤解を招く元になります。

昔は物欲の塊だったのに断捨離をして、最小限の持ち物だけで暮らすミニ
マリストになった人の本を読んだことがあるのですが、その著者の場合は、
体型までミニマリストになるなど、本人の経験則に基づいていることから
説得力を感じた一方で、過去に物欲にまみれて暮らした形跡もなく、最初
から上から目線で優位性を語るミニマリストからは、本当は欲しくても買
える経済力がないために、そう振舞って精神のバランスをとるしかないの
かなと思わせるキツネ臭が、ほのかに漂ってしまうのです。

もちろん金で買えるものが全てではなく、金で買えない価値があるものも
無数にあることは論を俟ちません。
それを踏まえた上で、ある本の一文が印象に残っています…「金で買えない
ものの価値は、金で買えるたいていのものを手にして初めてわかる」

私は興味がないので、釣りやゴルフは嗜みませんが(喰わず嫌いであること
は自覚しているので、やればきっとハマるのでしょうね)、自分が興味がない
からという理由で、他人の趣味や嗜好を否定したことはありません。
自分がやったこともないことを簡単に結論づけたり否定することは、おこ
がましい上に説得力もないし、そもそも他人が好きでやっていることに口
を挟んで必要以上に否定すれば、実は興味があるくせにできないか、やる
余裕がないから嫉妬していると思われて、ルサンチマンのレッテルを貼ら
れるのがオチなんですよ。

一般的に嫉妬の対象となるのは、顔が思い浮かぶ程度の比較的身近な知人
や同業者が多いようです。
それまで同業者として気軽に話せていた人が、一夜にしてスターになって
遠い存在になってしまったら…

1989年、Mr.マリック超魔術ブームが日本中を席巻したあの頃、どれだけの
同業者が嫉妬をして足を引っ張ったか…当時マリックさんのスタッフとして
特番制作のお手伝いをしていた私は、最も近くで同業者達の無節操な行動
を目撃していました。

ライバル局で類似番組が続々と制作されるのはもちろん、独自の世界観を
確立してそれぞれの道を歩む姿をリスペクトしていた諸先輩方が、スター
ダムにのし上がったマリックさんの演出を批判をしながらも、草木が靡く
ようにちゃっかりとブームには乗っかって、ある者はサングラスをかけて
袖捲りをして「なんちゃってマリック」に成り下がり、一夜漬けで覚えたで
あろう超魔術を、本人も理解していないメンタルマジックのワードを羅列
しながら拙い台詞で演じ始めました。(ほとんどの映像を保存していますが、
見直すと、まあおぞましい限りです)
また、アンチマリックの旗印の下、暴露の道に活路を見出して、超魔術を
茶化す輩も跳梁跋扈し始めました。
マジックショップは一斉にメンタルマジックグッズを中心に販売するよう
になり、それらのショップを非難していたショップまでが、とうとう最後
にはブームに乗っかって悪魔に魂を売る始末。
まさにMr.マリックの登場を発端として、嫉妬に狂ったキツネが大量発生
し、見たくもなかった本性が顔を出すというカオスの時代でした。

世界に目を向けても同様の事象は起こっているようですが、翻って例えば
デビット・カパーフィールド、ジークフリード&ロイ、ランス・バートン等に
代表されるような、ラスベガスで大成功を収めて巨万の富を築いたスター
マジシャンに嫉妬する自意識過剰な人はめったにいないでしょう…これ、
別次元まで突き抜けると「嫉妬」ではなくて「羨望」や「憧れ」に変わって
しまうという証左です。

ドラフト会議で指名されなかった選手が、意中の球団から指名された同級
生に嫉妬することはあっても、大谷翔平に嫉妬することはないでしょう。

つまり「嫉妬する」のは身近で手が届きそうだから「舐めてる」のであって、
裏返すと「嫉妬される」のは手の届きそうな対象(つまり射程圏内)として
「舐められてる」と言えるのでしょうね。
「なんであいつのギャラは高いんだ」とか「なんであいつにテレビのオファー
が来るんだ」というレベルの感情が典型でしょう。

「突き抜ける」ことは無理でも、「舐められてるけど嫉妬される」程度になれ
れば、人生は意外と楽しいのかも知れません。

ぶどうの立場で考えると、最後はキツネに食べられたとしても、「う〜ん、
悔しいけど美味い」と言わせれば、ぶどう冥利に尽きるに違いありません。




|

すっぱいぶどう 1

すっぱいぶどうはイソップ童話の一つで、キツネとぶどうとも言うらしい
ですね。
あらすじは、キツネがたわわに実った美味しそうなぶどうを見つけ、食べ
ようとして飛び上がるものの、ぶどうの位置が高過ぎて何度トライしても
届かない…結局キツネは怒りと悔しさで、「どうせあのぶどうはすっぱくて
まずいだろう。誰が食べてやるものか」と捨て台詞を残して去るというもの。

フロイトの心理学では、防衛規制・合理化というらしいのですが、簡単に
言えば、物、地位、金銭、階級等、自分の手が届かない対象がある場合、
その対象を価値がない、あるいは低級で自分には相応しくない物として諦
めて、心の平安を得るという意味。

SNS上では高額品購入の記事をアップするだけで、謎の自分ルールを規範
とする監視員から教育的指導を食らって、やれ「リア充自慢だ!」との罪状で
「似非セレブ」のレッテル貼りをされるという被害者が出ることがありますが、
常識的には、セレブではない監視員にはレッテル貼りをする資格はありま
せん。
また「所有物を自慢げにSNSにアップする人間は、自分に自信がない奴だ」と
断定調のブログを目にしたことがありますが、少なくとも私の知る腕時計や
車の愛好家は、皆さん自信に満ち溢れた成功者だらけで、SNSで所有物を
紹介する人も多いし、誰一人としてその手の紹介記事にいちいち噛み付く
人などいないのですが…。
おそらくそれらを所有したことがない投稿者こそ、何を根拠に断定している
のかを説明できない限り、キツネ臭がプンプン漂うのです。

ブランド品、腕時計、車…これらを無駄であると断言するのなら、その全て
をやり尽くした人だけが、経験則を基に発言する権利があるのです。
従って、「無駄だ」ではなく「無駄だった」という過去形で。

そもそも誰にも迷惑をかけずに、ましてこのご時世に経済まで回して多額の
納税をしている人が、個人の人生を充実させるために購入したものをSNSに
アップした程度で、どこに貶される要素があるのでしょうか。

このような一連の感情の根源は一体何なのでしょう…それは「嫉妬」に他なり
ません。

よくある例では…知人が宝くじに当たったとなると、表向きは「おめでとう」
と言いながらも内心では「急に大金を手にすると、不幸な末路が待っている」
などと素直に喜べない心理。(実は本人もこっそり買っていたりします)

マジックの世界ではコンテストの功罪が語られますが、技量的には受賞
とは縁がなさそうなマジシャンに限って、「受賞してもプロとして将来の
成功が約束されたわけではない」と言って、コンテストに興味を示さない
そぶりをする若手もいます。
稼ぐために、さっさと営業マジシャン(特に酒席の)になったタイプに多い
ようですが、その言葉の端々からは、受賞した同世代に対する嫉妬心が
見え隠れしています。
若くしてギャラを頂戴するというプロ活動を始めてしまうと、挑戦したく
てもアマチュアや学生に負けるわけにはいかないという陳腐なプライドの
陥穽に嵌ってしまうのでしょう。

私個人の経験則に沿った意見としては、若い頃の一時期、期限を区切って
思いの丈を詰め込んだ演技に集中してコンテストに挑戦することは、同じ
目標を持つ戦友と肝胆相照らすこともできるなど、有益なことも多々ある
ことを考えると、やってみるべきだと思います。
コンテストに挑戦した上で、受賞した戦友に嫉妬することは、ごく健全な
精神状態ではないでしょうか。

さて、「コンテスト受賞者の将来の成功は、約束されたわけではない」…
これは受賞歴のあるマジシャン全員の、その後の暮らしぶりを数十年に
渡って追跡調査して、エビデンスを示した上での発言であれば説得力が
あるのでしょうが…断片的なその後の様子から推察すれば、まあ当たらず
とも遠からずでしょうね。

なぜなら、マジックの賞は足の裏のご飯粒のようなものだから…とらない
と気持ち悪いけれど、とったところで食えないわけですから。

次回2へ続く…

|

Owen Magic Supreme

私のマジック人生において、最もお世話になったマジック道具のメーカーで
あるオーウェンマジックが閉店しました。
御多分に洩れず、今回のコロナ禍で、顧客である世界中のマジシャンの活動
が停止したことが直接の原因なのですが、その背景には、コロナ禍以前から
の中国製コピーイリュージョンの蔓延の影響も無視できなかったはずです。

学生の頃、黒い表紙の分厚いカタログを手にした時の衝撃は、今でも忘れら
れません。
海外のマジック番組でしか観たことがない、超一流マジシャンが使用してい
る豪華絢爛な道具やイリュージョンの数々が、美しい写真と挿絵で紹介され
ていました。
ラスベガスのバリーズ、スターダストホテル、フロンティアホテルでスター
街道を駆け上がったジークフリード&ロイが使用している道具のほぼ全ては
オーウェンマジックが製作したものでした。
夜な夜なカタログを見返しては、気になる道具のページに付箋を貼り、それ
を演じている自分を想像しながら眠りについたものです。

1980年代後半、数度目の渡米の際、意を決して工房を訪ねました。
カタログに載っていた住所をメモに書き留めて、タクシーの運転手に渡した
のですが、かなり辺鄙な場所なのでハリウッドからは1時間近くかかります。
工房の周辺はとてもタクシーが拾える環境ではないと思い、運転手にチップ
を渡して、帰る時まで待ってもらいました。
エントランスには既製品のショールーム、その奥には広大な工場を構えてい
ました。
アポなしの訪問でインターホンを押すと大男(当時の工場長であるアラン・
ザコルスキー)が怪訝そうな表情で現れました。
挨拶もそこそこに中に入れてもらえると思いきや、門前払いされました。
何と告げられたかは正確には覚えていませんが、この奥には世界の一流の
マジシャン達からオーダーされて、オリジナルで製作中の道具も多くある
ために、突然訪ねて来た人間を入れるわけにはいかないという理由だった
と記憶しています。
現在でこそ私達は「ったく、中国のパクリは…」などと平気で口にしています
が、アポなしで訪ねて来た素性の分からない私は、アランから見ればそんな
中国人以上に怪しげで、何か情報をパクリに来たと思われても仕方なかっ
たのかも知れません。
ちなみに、その翌年にも門前払いされました…タクシーを待たせておいて
正解でした。

その後に私がとった作戦は、名前だけでも覚えてもらって信用を積み重ね
るために、ちょこちょこと通信販売で道具を購入することでした。
当時はもちろんネット環境などない時代ですから、手書きの注文書をFAX
で送り、郵便局からポスタルマネーオーダーで送金していました。
まだまだ高価なイリュージョン等は購入する予算もなかったので、鳩や
ファイヤーのアクトの中に組み入れるキャンドルやシルク等の、高くて
も数万円程度の道具を取り寄せていました。

そして1990年代初頭、IBMコンベンションの帰りに立ち寄ると、さすが
に覚えていてくれたのか、初めて中に入ることを許されました。
せっかくなので何かカッコがつく値の張るものをオーダーしようと選ん
だのが、現在でも演じ続けているクリスタルマネーアピアー(透明の箱に
大量のお札が出現します)…当時でもケース込みで2.000ドル程度したの
ですが、帰国直前で資金不足だったので、手付け金として200ドルを払い、
帰国後に残金を送金しました。(もう20年以上演じていますが、テレビで
演じた直後から多くのコピーが出回りました。コピーを使うセコい輩は、
中身も必ずニセ札を出現させます)

Dr.ZUMAの芸名を得て、本格的なプロ活動を始めた私は、怒涛のように
オーウェンに道具をオーダーしました。
既製のイリュージョンはもちろん、バードマジック用にロードテーブル、
オウム用のバニシングケージ、ミラーの貫通、ファイヤーミラーボール…。
日本人マジシャンの窓口的立場になると、仲間のマジシャン達からも
オーダーを頼まれて、クリスタルマネーアピアーやコインラダーや多くの
イリュージョンを輸入しました…オーダーした道具の総額は、間違いなく
数千万規模のはずです。(ZUMAの紹介だと勝手に名前を使って工房に
潜入した輩もいたようですが、今となってはご愛嬌です)

1990年代末からは、渡米するとオーウェンのスタッフが空港やホテルの
送迎をしてくれるようになり(リムジンのこともありました)、夜はアラン
夫妻の招待で、マジックキャッスルでのディナーが定番化しました。
2000年代になると、マジックコンベンションのディーラーブースでは、
オーウェンだけは別格扱いで特別室が設けられるのですが、そこの壁
には、ダイヤモンドイリュージョンを演じる私の写真が額装されて、
かつて憧れたスターマジシャン達と同列で飾ってもらえるようになり
ました…カタログを眺めていた学生時代を思い出すと、信じられない
状況でした。

門前払いから30数年…まさに隔世の感がありますが、最近は渡米する
こともなくなっていたので、直接の交流はありませんでしたが、アラン
からはクリスマスカードが届いたり、私はテレビでオーウェン製の道具
を使う機会があれば、その映像を送ったりという関係は続いていました。
近年は、優秀なイリュージョンビルダーの廃業の報も届いていたので、
オーウェンはどうしているのだろうと思っていた矢先に、友人のメイガス
から閉店の知らせを受けました。

アラン・ザゴルスキー、ビル・スミス、ジョン・ゴーン、ウィリアム・ケネディ…
まだ全ての職人が廃業したわけではありませんが、世界中の一流マジ
シャンを支えてきた第一級の職人が製作する道具は、今後益々入手が
困難となることでしょう。
現在そして今後の若手マジシャン達が、これらの一級の道具に触れる
こともなく、歴史やオリジナルが何たるかも知らずに、バッタもんの
道具で酔客相手にワイワイキャアキャアと演じる未来を想像するだけ
で、哀れに感じるだけではなく、暗澹たる思いになります。

中高生の頃に海外のマジック番組で観た一流のマジシャンはもちろん、
その演技を彩る道具に憧れ、それらを躊躇なく普通にオーダーできる
立場のマジシャンになりたいという欲望が、とんでもないエネルギー
や、仕事と向き合う際のモチベーションになっていたのは紛れもない
事実です。(その対象が現在はイリュージョンから時計や車に変わって
いるのでしょうね)

優れた職人達と同時代を生き抜いて、その一級の道具を手にして稼が
せてもらったことは、なんと有り難いことか。
ありがとうオーウェンマジック! ありがとうアラン!…あなたが製作して
くれた道具で喝采を浴びて、本当に幸せです。

オーウェンマジック閉店のニュースは…コチラ

|

何者になりたいの?

マジックの道を選択した理由やモチベーションの拠り所として、「お金では
ない、夢を見せたい、笑顔を届けたい」という好感度抜群のセリフを宣う人
が、昔も今も一定数は存在しているものです。

反対に「好きなマジックで稼ぎたい」、「テレビに出て有名になりたい」、あるいは
「コンテストで優勝して同業者から一目置かれたい」等の俗物的な考えの人は、
たとえそう思っていたとしても、世間に向けて正直に吐露することには
抵抗があることでしょう。(こちらのタイプの方が一般的だと思いますが…)

過去には、「お金ではない」と言いながらも、ただ生き残りたいことが透け
て見えているのに、「夢や笑顔」を大義名分とした眉唾ものとしか思えない
クラウドファンディングも散見されました。
いや、他人様に迷惑をかけなければ、それはそれで全然いいのですよ。
「聖人君子の本音」であろうが「上辺だけの虚飾」であろうが、つまりそれこそ
が建前上は「やり甲斐」というゴールに帰結するわけですね。

どうやら、夢や笑顔を届けるというその「やり甲斐」とは、仕事をした客から
感謝されるということを意味するらしいのですが、社会の基本的な法則、
あるいは世間の常識としては、お金をもらう側が感謝をするのですから、
仕事をして感謝をされようというのは明らかな筋違いであり、はっきり
言えば、甚だ図々しいのですよ。
もちろん払う側が感謝することもありますよ…ただしそれは生命に関わる
ようなこととか、相手がお金以上の仕事をしてもらったと感じた特別な
場合のみでしょう。

アマチュアが慰問でショーを行う際にもありがちですが、相手の感謝を
「栄養源」にして生きていくことは、感謝の強要にも繋がりかねない危険な
ことでもあるのです。(拙い芸を演じた側がストレス発散をしていることが
多いのですから、逆に感謝するべきでしょう)
普通に仕事をしているというのは、直接感謝をされなくても社会に貢献
していることは間違いないのですから、プライドを持って自分で自分を
褒めればいいのですよ。
それすらできなくなったら、そんな仕事は辞めるべきでしょうね。

人は、自分が過去に成してきた努力や熱量の記憶があるのならば、現在
の自分が、ほぼほぼ予想通りの人生を歩んでいることに気づくはずです。
マジシャンの道を選択した場合でも、こんなはずではなかったと思う人
は少なく、ほぼほぼ自分の予想通りのマジシャンになっているのではな
いでしょうか。
日々は選択の連続で、自分の欲望を基本として、自分が進む道(自分が
望むマジシャン像)を選んで歩んでいるのです。
中国製のコピーだと知っている上で手を出すのも自分の選択だし、本物
が欲しいのに手が出ない不甲斐なさも、そうした選択の歴史を積み重ね
た結果なのです。
もしも、己の不甲斐なさを棚に上げて他人を妬むとしたら…妬まれる側
ではなく、妬む側を選択したのも、恐ろしいことに自分自身なのですよ。

欲しいものや、やりたいことがあれば、ほとんどのことは実現します。
なぜなら、欲望が強ければモチベーションに火が点いて、それを入手
する方法や実現する方法を考えたり工夫したりという活動を開始する
からです。
ただし、夢や笑顔を届けるという世間受けを狙って好感度を上げる程度
の欲望では、本物のモチベーションに点火することは絶対に不可能です。

欲望が強いほど、少なくともそこへ近づこうとはするし、諦めなければ
少しでも近づき続けます。
もし実現しなかったとしたら、それは「諦めよう」という選択をしたことに
他ならず、結果的にはそれすらも望んだ通りになったということです。

いったい何を求めて何者になりたいのでしょうか?
夢や笑顔を届ける配達人でしょうか?…そんなものが「着払い」で届いたら
いい迷惑です。
ましてや「代引き」で届いたら殺意すら抱くかもしれません。
夢や笑顔の定期購入だけは、思わずクリックしないように要注意です。
(コピーイリュージョンもクリックしちゃダメですよ)

マジックに限らず、どの業界であろうと「飯を食う」のは楽なことではあり
ません。
夢とか笑顔とか…「食い方」にまでこだわるのなら、なおさらです。


|

より以前の記事一覧