日記・コラム・つぶやき

詐 称

人間の業には様々なものがありますが、一番カッコ悪いのは何か?
個人的な意見ですが…自身のコンプレックスを覆い隠すために「詐称」する
ことだと思います。

ここで誤解してはいけないのは、芸能人(マジシャンを含めて)が本番前に
入念にメイクしたり、煌びやかな勝負服を着たりするのは、自分をより良く
見せる意味合いも強いのですが、それはすっぴんを糊塗して詐称することで
はなく、テレビやステージで観客から見られることを生業とする者としての
「人前に立つ際の礼儀」(ドレスコード)に近いものだと思います。

業が深く最も情けないのが「学歴詐称」…2003年でしたか、元民主党の
若手代議士が学歴詐称で公職選挙法違反に問われ、議員辞職を余儀なく
されました。
近年でも、ハーフ顔のテレビコメンテーターが文春砲に学歴詐称を暴かれて、
キャスターとして決定していたニュース番組等、全ての職を失ったのは記憶に
新しいところです。
自分を大きく見せるとちょっと気分がいいし、誰にも迷惑をかけることもない
だろうと、普段は酒席で話していた嘘の学歴を、つい魔がさして公的文書にも
書いてしまう場合がほとんどだということですが、本人には大したメリットは
ないのに、とにかく詐称はインパクトがあるし、汚職報道や不倫報道よりも
記憶に残りやすく、生涯に渡って「恥」としてつきまとう、最もワリに合わない
嘘なのでしょう。

マジック界でも、詐称とまではいかなくても、眉唾モノの受賞歴や突っ込み
どころ満載のプロフィール、もう苦笑するしかない高収入の告白等…。
(実際の力量や暮らしぶりとの齟齬や乖離に対しては、どう折り合いをつけ
ているのかなと)
海外のコンベンションに客として参加したにすぎないのに、いかにも出演
したように勘違いさせようとする稚拙な経歴も散見します。
「演芸」の世界(特にマジシャン)の経歴は、社会通念上、「政治」や
「学術」ほどの厳格性を求められていないし、残念ながらほとんど興味を
持たれていないせいか、密かに盛っても世間から厳しく糾弾されることも
ないだろうし、当人もそのことをよく知っているからこそ、それに乗じて
大げさに称しているのでしょう。(世間からナメられていると同時に、当人も
業界をナメている証左)
まあ、ニュースバリューとしても、「女優の年齢サバ読み」や「アイドルの
スリーサイズや体重の詐称」以下でしょうからね。

ちょっと意味合いは違いますが、己のステップアップやポジション作りのみ
に拘泥し、虎の威を借る狐の本領発揮とばかりに、露骨に「師匠ホッピング」
を繰り返してプロフィールに箔をつけようとする輩も闊歩していますしね。

学歴であれ受賞歴であれ、いわゆる「経歴詐称」は、そもそも見栄っ張りで
ある上に嘘つき…ということ自体がみっともないし、何よりも「詐称しなきゃ
ならないほどのコンプレックスを、実はあの人が持っていたのだ」…という
グロテスクな内面が白日の下に晒されてしまうことが、物悲しくて恥ずかしい
のですよ。

鬼籍に入って久しくなりますが、作家の野坂昭如は早稲田大学卒業を「中退」
と詐称していました。
仲間がみんな中退なのに、自分だけ「卒業」ではカッコ悪いから…ですって。

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春の諸々

まずは健康診断…基本的には異常なし。
ただ血圧はちょっと上がり気味、視力はちょっと下がり気味…メガネを2つ
新調しました。

ご多分に漏れず私も立派な中高年なので、この世代に多い、まぶたが緩んで
重く感じる「眼瞼下垂」が気になり始めたので、手術を決意。(放置すると、
眼精疲労や肩こりが酷くなりますからね)
比較的ダウンタイムが短い「眉下切開術」を選択したものの、内出血や暫くは
ガッツリ腫れる可能性もあるので、営業出演がない期間で手術日を調整して、
外出時のカモフラージュ用のサングラスを物色しています。
せっかくならこの機会だけでなく、将来に渡って愛用できるサングラスをと、
いつもコーディネートをお願いしているD&Gの担当Nさんに相談したところ、
ティアドロップ型を勧められたのですが、渡哲也が演じた「西部警察の大門」
の印象が強すぎて却下。(ティアドロップ=角刈りのイメージ)
まあ、この機会にじっくりサングラス選びを楽しみます。

先日のクロースアップショーの最中、衣装の袖をちょっと上げた際、猫に
引っ掻かれたばかりの生々しい手首の傷を見られて、客がドン引き。
その後、変な空気をひっくり返すこともできないまま、幸か不幸かマジック
よりも腕時計談義で盛り上がったのが、なんとも言えない複雑な気分。
猫もですが、大型鳥を複数飼いしていると手の傷は宿命とはいえ、毎度客に
釈明するのも面倒臭いし、困ったものです。
でも先日、雌猫の避妊手術をお願いした獣医師の手の無数の傷には私もドン
引きしましたねえ。

アルマーニ福岡店の移転を記念した「2018年春夏ファッションショー」に
招待されました。
ランウェイ前の席で今季の新作をじっくりと見せてもらいましたが、カッコ
いい外国人モデルが着こなすからこそ魅力的なんだよなあ…とため息をつき
ながらも、ジャケットをオーダー。(プライベートでも仕事でも使えるし…
と自分に言い訳しながらね。この心理状態、マジック道具でもあるある)
あと、少しだけ期待してたけど、泰明小学校の制服は出てきませんでしたよ。
(まあ、当然か)
ショーの帰りに立ち寄ったエトロのショップで、トランプモチーフの靴
発見…一目惚れしたので即買い。
発注していたD&Gの靴も無事入荷。

冷蔵庫の自動製氷機の調子が悪く、全く氷ができないので修理を依頼した
ところ、機種が古すぎて修理不可とのことで、仕方なく買い替えへ。
冷蔵庫って、一度設置したら不具合がない限りは意識もしないので、いつの
間にか家の中で最も古くなっている家電なのかもしれませんね。
それにしても、嗜好品にはつい財布の紐が緩むくせに、生活必需品への出費
には二の足を踏んでしまうんですよねえ。(なんだろう、いつもながらこの
歪なセコさに自己嫌悪)
しかし家電の故障って次から次へと伝播するって言いますが、中に小さな
オジさんがいて、保証期間が過ぎたら壊してるって都市伝説は真実なのかも。

世代的にもノスタルジーを感じる某アーティストのコンサートへ…う〜ん、
うちの冷蔵庫ではありませんが、寄る年波には勝てないのか、声に往年の
張りはないし体型もちょっとね…。
それは仕方ないとして、せっかくのベストポジションの席だったのに、二列
前のふくよかな女性がバラードの時でも立ちっぱなし。
ほとんどの時間は、その人の広い背中を見ていたようなものでした。
立ったり座ったりのコンサートよりも、家でCD聴く方が性に合うみたい。

東急ハンズ博多店テンヨーショップのディーラー、冨氏が社内の人事異動で
名古屋へ転勤ということで、ささやかな送別会を催しました。
新天地でも頑張ってください。

マリック氏が久しぶりに福岡へ(昨年の8月の共演以来)…マジック仲間も
誘って、馴染みのステーキハウスで食事の後は、中洲の新しいマジックバー
にご案内。(ペガサス君、驚かせてごめんね)
マリック氏、翌日の出演がお昼ということで、ちょっと早めにお開きとなり
ました。

「ふじいあきら&庄司敬仁&小梅 ライブショー」…九州各店とも盛況で好評
だったようです。
私は福岡の「Magic&Bar tonari」で拝見しましたが、三人の個性が全面に
出て構成も良く、久しぶりに楽しめました。
ただね、いくら自由席で早い者勝ちだとしても、マニアが我がもの顔で前列
を占拠するのは如何なものかと…。
マジックを初めて生で観るという客も多くいたのですから、そういう人達を
前列に配置して、演者のためにも、全体でショーを盛り上げるためにも気を
遣うということがなぜできないのかなあ。
そして「自分はマジック詳しいんだぞ」のアピールが痛々しい年配者、上手
だねと褒められたいのか、これ見よがしに終始カードをこねくり回し続ける
若者(それしてないと死ぬの?)…まあ、落ち着け!

おっと、愚痴はこのくらいにして、この秋、ふじい氏と私のコラボショーが
決定したので、近くなったら改めてご案内しますね。


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サンクコストと経験

サンクコスト(埋没費用)とは、投資の世界で「回収できない費用」のことを
意味します。
つまり、「ここまで頑張ったのに、今さらやめるのはもったいない!」という
気持ちのことですね。
選択を強いられると「このまま留まる方が安全」という「現状維持バイアス」が
起こりがちなのです。
人は「得る喜び」よりも「失う痛み」の方が大きく感じる傾向がありますから、
「損切り」するには覚悟が必要ですが、実はこのような事象は私達の日常生活
の中で溢れかえっています。
例えば、映画を観初めて30分経過した時点でつまらないと確信しても、入場料
の1,800円がもったいないと思って観続けるのは、サンクコストを無視できな
いからなのですね。
少し意味合いが違うかもしれませんが、数百万円の腕時計にオーバーホール代
として10万円をかけるのは納得できても、10万円の腕時計に3万円のオーバー
ホール代を支払うのは…ちょっと抵抗があるものです。

ここからはサンクコストで悩む私事を少々…

加齢に伴って、無情に過ぎ去る時間の貴重さを認識するようになったせいか、
映画や本は途中で興味が失せると、結構簡単に見切りをつけるようになりま
した。(人間関係の一部もね)

小洒落たレストランで、ちょっと奮発して注文した料理が不味いと感じた時、
もったいないからと完食したら、お腹の贅肉が増えるだけです。

一流を自負する高級クラブで、対応がいい加減で不愉快だった時、ボトルを
入れたばかりでも笑顔で退店して、それ以降は足が遠のきますね。

高かったという理由だけで着なくなった服を取っておくのは、クローゼットの
貴重な空間を無駄にしているだけなので、次々に後輩に譲っています。

その昔、才能がないと判断した鳩やインコを、いつまで調教するかで悩んだ
ものです。

無我夢中で演技の手順を作っている時、その構成を冷静に俯瞰で見たら全く
面白くないことに気づいたのに、8割方出来上がっていたので諦め切れずに
完成させて本番で演じたところ、やはり大スベリということもありましたね。

…とまあ、こんな感じです。

現在でも、新しいマジックの知識や技法の習得の欲求は衰えていないつもり
ですが、あくまでもプロフェッショナルとして演ってきた経験上、どうしても
コストパフォーマンスというか費用対効果をビジネスライクに考慮した結果、
中断する場合も多いのですよ。(若手ではないので、残っている時間も短いし)
…これを「経験が邪魔している」と思うのか、「経験に救われている」と思うのかは、人それぞれの価値観次第。(自己分析では後者)

一説では、経験のほとんどは、「食べたもの、出会った人、読んだ本」で形成
されていると云います…であれば、日頃から「質の高い食事、質の高い人、
質の高い本」と接することを心がけるべきですね。(ジャンクフードを食べ
ながらエロ本を読んでる輩は最悪ってことか?)

本当は株を売った方がいいのに売れないとか、転職した方がいいのに転職
しないとか、悪影響を及ぼす友人を切った方がいいのに切れないとか…
これらの事象は、過去のサンクコストと経験に縛られていることが一因。
この呪縛から逃れるには、過去ではなく現在を正確に見極めて、身の周り
の損切りすべきものを見つけるしかありません。

損切りの後は、自分を「過去の買い値」ではなく、「現在の時価」で評価
することで、嘘偽りのない姿と向き合えるのかもしれません。

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2018年 始動

2018年、明けましておめでとうございます。

年末は会食続きで身体も胃腸も少々疲れ気味ですが、色んな縁で将来の
ビジネスに繋がる新しい出会いがあったし、今後行きつけになりそうな
素敵なクラブやバーの新規開拓もできました。

それと大掃除…久しぶりに梯子に登ってリビングの吹き抜け部分の照明
まで念入りに掃除しましたよ。
バスルームはプロの業者さんに依頼したのですが、やはり違いますねぇ。
また気持ち良く新年を迎えるために、こちらもプロの業者さんに愛車を
預けて、ピッカピカになるようにコーティングのメンテナンスを施して
もらいました。

ところで、マジックランドの人気コンテンツSPEAKERS、年末からは、
テレビマンの方々から見たマジック界について語られていますが、一部
の辛辣な意見には、業界の人間ならば少々耳が痛くても、傾聴に値する
指摘が多々含まれています。
マジック界にどっぷり浸かり過ぎると、それが当たり前になって麻痺して
しまっている事象は、外部の人間から見れば異様だし、やはり残念な風景
に見えるのですよ。
たとえ気づいていても、多くの諸先輩方がそうしていれば、業界内部の
人間からは指摘しづらいことですしね。
このコーナーの2010年8月のエントリー「有り難み」において、私が海外
に行き始めた1980年代に、コンベンションにおいて感じたことを綴りまし
たが、やはりいつの時代でも、見る人が見れば同様に感じるものなのだと
改めて確信を得た次第です。

まあ、色んな想いを胸に抱きながら今年も頑張っていきましょう。
今年のショーは、私の故郷である宮崎のホテルからのスタートです。

それでは皆さん、今年も宜しくお願いします。

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さらば 2017年

慌ただしい年末、多分2017年最後のエントリーになると思うので、今年を
さらっと振り返りました。
今年は2月に17歳の愛猫が旅立って寂しい想いをしていたところに、2匹
の仔猫を保護したことで急に賑やかになりました。
仔猫達も2匹の先住猫や大型鳥の存在にも慣れて、怖がらなくなりました。
ただ、やはりあの金切り声は苦手らしく、鳥が鳴き始めるとすぐに二階へ
避難しますけどね。
以前にも書きましたが、猫が4匹になると猫の砂の消費量が増えて、いつも
アマゾンでポチッと注文しています。

しかしまあ、こんなに頻繁にアマゾンを利用することになろうとは…猫の砂
やペットフードはもちろん、酒類や生活用品の多くを届けてもらっていると、
宅配便のおじさんが最も頻繁に顔を合わせる親友のような気がしてきました。
アマゾンに限らず、通販利用者をちょっと悩ませているのがダンボールゴミ
問題…小さな品物が無駄に大きなダンボールで届くこともよくありますよね。
このダンボール…私はカッターで適度な広さに切って、鳥達のケージの敷き
紙として利用しています。
以前は古新聞を分厚く敷いていたために、すぐに古新聞が枯渇して知人から
譲ってもらうこともしばしばだったのですが、この再利用によって、敷き紙
不足も解消して、一石二鳥といった感じです。

ところで、利用者にとっては便利なアマゾンですが、アメリカではアマゾン
が参入する業界で、既存の企業が苦境に追い込まれる「アマゾンエフェクト」
が広がっています。
ある意味、深刻な副作用ですよね。
今年6月、米アマゾンが生鮮小売の大手マーケットの買収を発表した途端、
世界中の生鮮食品を扱う小売株が一斉に売られたほどでした。
アマゾンに買収を助言したゴールドマン・サックスの投資部門責任者である
グレッグ・レムカウ氏の小話が実に的を得ています…「アマゾンが入ってきたら
すぐ逃げろ。そのビジネスは崩壊する」…オチはこう続いて…「だけどアマゾン
が狙わないなら逃げ出した方がいい。そのビジネスは儲からないに違いない
からだ」

腕時計に関しては今年の5月、フランク・ミュラー氏が来日してのブランド
創立25周年パーティーにおいて、ダブルミステリーブルーダイヤルをゲット
して満足しています。この夏はヘビロテでした。
夜のクラブ活動は若干減ったものの、今年はとにかく服を買い過ぎました…
反省。

マジックに関して振り返ると、今年は福岡はもちろん大阪、名古屋、東京で
多くの若手マジシャンと知り合い、食事や酒席を共にしました。
みんな若くしてプロの道を選択しただけあって、熱心でグイグイ来ますね。
福岡まで合宿に来たり(来年1月末にも2人)、大阪のホテルのショーには
4人の若手が見学に来ました。
見学の後も朝までコースで付き合えるというのは、よほど耐性があるのか、
怖いもの見たさのモノ好きなのか…。
また、ひょんなことから20年ぶりにある後輩と再会しましたが…相変わらず
だなあ、人間の本質って変わらないんだなあと残念な再確認でしかなかった
夜もありましたねぇ。

福岡でマリック氏、大阪ではジョニー広瀬氏&プロフェッサー・サコー氏の
3大レジェンドとも食事の機会がありましたが、一回り先輩との会話の方が
二回り後輩との会話よりもしっくりくるのは、憧れてきただけに選択的に
見てきたものや経験したものが、より先輩方に近いから当然なのかもしれ
ないけれど、しっくりくる同世代が少ないのはなぜ?…これ、よく考えれば
その時代におけるインプットした情報はほぼ同じでも、消化して血肉とした
ものをどうアウトプットするかを方向づける価値観が違っていれば、世代
とは関係なくしっくりこないのも当然なんですね。
もちろん各々の人生の満足度次第なので、その価値観に優劣がないのもまた
当然です。

あとは今年は初めてレクチャーを開催したり、本拠地の福岡でマリック氏と
共演したり、ギックリ腰防止のためのコルセットを装着して5年あるいは
8年ぶりのイリュージョンを演じたり…一言で表現すると「温故知新」の
1年でした。
ああ、髪が燃えるハプニングもありましたね。

先日は、自宅にマジシャン仲間が集っての忘年会も開催しました。
有難いことに来年の随分先まで出演オファーが入っていますが、人生設計の
進行表通りに締めくくりの準備を始めるために、来年からは生活パターンが
大きく変化する(マジック以外の多くにも時間とエネルギーを傾注する)予定
ですので、このコーナーの更新も滞るかもしれません。
しかしできるだけ時間を捻出して史実や情報を伝え、熱心な若手のために
合宿を含めた必要なサポート・知見の継承は続けるつもりですので、来年も
宜しくお願いします。

最後に、今年一番心に響いた元外交官・宮家邦彦氏の発言を…
「明けない夜はないし、バレないカツラはないし、越えない一線はないのです」

それでは良いお年を。

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秋の夜長に

10月は雨の日も多く二度の台風上陸もあって、今ひとつスッキリしません
でしたね。
それでもそれなりに過ごした秋の夜長の出来事をつらつらと…。

11月のショーに備えてイリュージョンの調整や傷んだATAケースのメンテ
ナンス…久しぶりにドリルやグラインダーを使ったり、リベット取り付けや
ハンダ付けで少々筋肉痛です。

大阪から二人の若手マジシャンが刺激と知見を求めて福岡へ…スポンジが
水を吸収するがごとく熱心に勉強して帰阪しました。
極秘のギミックや衣装の仕掛けを開陳しながら、仕事に関する私なりの
アプローチの仕方やプロ論等をレクチャーしましたが、二人にとっては
二泊三日では時間が足りなかったようなので、また機会を作りましょう。
また彼らも興味があったようで、昔の資料や秘蔵映像を提示しながら、
誰が誰に憧れて今があるのか、本当は誰の影響を受けたり誰から習って
あの演技が完成したのか…私が知る範囲でのマジック界の史実を若手に
伝える必要性も感じた三日間でした。

冷えこみ始めた夜に4匹の猫達がベッドに上がってくるので、もっと広い
ベッドに買い替えようと思い立ち、色々と検討してシモンズベッドを購入。
結果これが実に良い寝心地で、たとえ短時間でも深い眠りにつけるので、
寝起きもバッチリ。
こんなに快適ならもっと早く買い替えればよかった。

プロフェッサー・サコー氏のレクチャーは無事終了し、レクチャー後の
懇親会も盛り上がりました。
氏オリジナルのギミックやホルダーは常に進化を続けており、そのアイ
デアやクオリティの高さにはいつも驚かされます。
これもあれだけのスライハンドのスキルを持つ現役パフォーマーとしての
経験値、学歴に裏打ちされた理系の頭脳を併せ持った賜物なのでしょう。
一部のマジックショップでは氏のコピー商品(中国製や韓国製)が流通
しているようですが、扱いやすさや断熱性能等、そのクオリティにコピー
が追いつくことはたぶん永遠にないでしょう。

映画「アウトレイジ 最終章」を鑑賞…個人的には北野映画の中でもエンター
テイメントとしての完成度は随一ではないかと思います。
前作から5年が経ち、各役者の老いが良い意味で哀れの味わいを醸し出して
います。(特に西田敏行がいいねぇ)
随所にアップされる皺が刻まれた「男の顔」の映画としても見応えは十分。
ストーリーはまさにサスペンスの連続で、義理人情や権力、嫉妬や欲望を
めぐる複雑な人間関係を鮮やかな群像ドラマに仕立てあげた脚本が秀逸で、
役者のややオーバー気味のクサい演技とも相まって、グイグイと引き込まれ
ていきます。
そして最後は、こうなるしかなかったのだという運命的な諦念を感じました。

11月は大阪のホテルで久しぶりにイリュージョンがメインのショー、その
後は金沢、さらに名古屋と出張が続きます。
ハードな移動をこなすのも健康であってこそ…そろそろインフルエンザの
予防接種もしなきゃ。

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暑中お見舞い申し上げます

8月も色々と…所用で名古屋に行ったり、久しぶりに映画を観たり、
大量の書籍を買い込んだり、シャツやネクタイを大人買いしたりと、
それなりに夏を楽しんでおります。
しかしまあ、経口補水液OS-1と猫の砂の消費量がハンパないですな。
この暑い中、重い荷物を届けてくださる宅配便のスタッフには本当に
頭が下がります。(今日もAmazonでポチッと)

5年ぶりに高校の同窓会が開催されることになり、出演を依頼されま
したが、さて同窓生やご健在の先生方の前で何を演じるべきなのか…
これから考えますが、次の5年先10年先15年先となるにつれて、次第
に慰問と生存確認の色合いが濃くなっていきそうですな。

今月末は福岡市内のホテルでMr.マリック氏と共演(そういえば、地元
での共演は初めてかな)…こちらも何を演るべきか、氏が前日から来ら
れるので馴染みのステーキハウスでお肉を堪能しながら打ち合わせの
予定です。

それでは皆さん、猛暑の夏を乗り越えましょう。

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真夏の出来事と思い出

今回の九州北部豪雨…多くの方々から心配してくださる電話やメールを
頂戴しましたが、幸いなことに私の近隣エリアでは目立った被害はあり
ませんでした。(最初のメールを受信した夜は、大雨の中洲で絶好調で
夜のクラブ活動の真っ最中でした…せっかく心配してもらっているのに
なんとまあ間の悪いこと)
そういえば2009年7月の福岡市内を直撃した豪雨で、買ったばかりの
愛車を水没させた苦い出来事をつい思い出しましたよ。
今回の豪雨は激甚災害にも指定され、復興には年単位の覚悟が必要かと
思われますが、被災者の方々には改めてお見舞い申し上げます。

しかし巷間云われるように、近年の異常気象は本当に困りもので、まず
四季を感じにくくなっていますよね。
冬物の衣類を片付けた途端に暑くなって、せっかく買った春物はいつ着
ればいいのでしょうか。(いまや春秋物って必要?)
さすがにこの猛暑では外を歩く気にはならず、室内で経口補水液OS-1を
飲みながらルームウォーカーを利用しています。
鳥達も少々バテ気味なので、調教も控えめです。

若い頃は炎天下でのイベントや夏祭りで幾度となくマジックショーを演
りましたが、あの頃の暑さはなんとか耐えられたけど、近年の暑さでは
絶対に無理!(年齢的にも自殺行為)
あの頃の暑さでさえも、屋外ステージに置いていたイリュージョンの剣
の取っ手が熱くて触れないくらいでしたから。
プールサイドのショーでは、ステージに上がった海パン一枚の裸足の
少年が、コンクリートのステージ床の熱さに耐えかねて走り回って演技
が成立しないこともありましたねぇ。(フライパンで炙られてるような
ものですから)
またあの当時の音源はカセットテープでしたから、音響ブースのデッキ
に直射日光が当たってテープが伸びきり、BGMのテンポが速くなったり
遅くなったり…毎年この季節になると、炎天下での営業の苦い思い出が
走馬灯のように駆け巡ります。

当時、生活のためと割り切ってはいても、望まざる仕事を受けるしかな
い立場と、自分の力量を100%発揮できない環境で評価されることには
忸怩たる思いもありました。(そういう時に限って同業者が観に来てい
たり…そりゃ太陽の下よりもシャンデリアの下で演りたくなりますよ)
あくまでも自分の考え方ですが、こういう現場を続けていても、自分が
目指すステージには繋がるとは思えなかったので、次第に引き受けなく
なったわけです…これは結果的に正解でした。

その後、現在のスキミング戦略に必然的に繋がるように現場の選び方は
変遷しながら先鋭化していくのですが(まずショッピングセンターや夏
祭り等の無料で不特定多数の観客が集う現場からは早々に撤退しました)
、その戦略に関しては別の考察として書く機会があるかもしれません。
以前は思い返すことすら嫌でしたが、今はエアコンの効いたリビングで、
真夏の屋外営業で四苦八苦しながら演じている若い自分(20代の頃)の
映像を酒の肴に、ツッコミを入れながら晩酌するのも、懐かしいやら恥ず
かしいやらと、この歳になってやっと楽しめるようになりましたねぇ。

今年の2月、17年連れ添った老猫が旅立った寂しさからようやく立ち直り
かけていたこの夏、自宅の物置の下で2匹の仔猫を保護しました。
ペット病院に連れて行ったところ、1匹は保護するのが数日遅れていたら
危ない状況だったとのこと。
さて落ち着いたら里親を探そうと思っていましたが、情にほだされて2匹
とも飼うことにしました。(名前はまたもや腕時計ブランドにちなんで、
クンツとノアと命名)
これで現在合計4匹…この2月までは3匹飼っていたのでそれほど変わら
ないかなと。
多少の増減はありながらも、もう30年もあれだけの大型鳥達と猫達との
生活を続けているので、ここで1匹増えようが1羽増えようが、あまり
日常生活の支障は感じないものです。

ただ一つ大きな変化が…Amazonで猫の砂を注文する頻度は明らかに増え
ました。(今日もポチッと)

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言 霊

元来は無信教の自分ですが、なぜか言霊だけは信じてしまいがちです。
言葉の力はホント不思議なもので、口にした瞬間から自らを支配し始め、
その言葉が「口癖」の域にまでなってしまうと自分自身を洗脳して強い
「思い込み」を喚起し、人生を大きく変えるパワーとなるのでしょう…
「言霊」と云われる所以ですね。

以前のエントリーでも「良い仕事を引き寄せる習慣がある」と書いたこと
がありますが、その源は「そう思い込む」ことや「行動すること」であり、
そのまた源は「言霊」であると確信しています。
マジシャンでも重要なショーやコンテストの出番直前に「大丈夫、自分
ならできる! 絶対に上手くいく!」なんて呟いて己を鼓舞させることも
あるのでは?
あるフィギアスケート選手が「演技前にちょっとでも不安を口にすると、
転倒する確率は明らかに高くなりますね」と雑誌のインタビューで答えて
いるのを読んだことがあります。
ならば「どうせ…」、「…さえあれば」、「…したのに」、「もう歳だから…」
等のネガティブな言葉は極力口にしない方がいいのかもしれませんね。

言霊の影響力を考えれば、昔の武勇伝や苦労話も控えるべきだし(昔の
苦労話を自慢する人は、大抵今も苦労しているものです)、絶対にそう
なりたくないNGワードという意味で有名な諺があります。
それは…「貧乏暇無し」
これ、金銭には執着していないという謙虚さが美徳とでも思っているのか
敢えてアピールするかのように簡単に挨拶代わりに使う人もいますが、
経済学の観点からは、暇が無いほど忙しければ貧乏からは解放されなけれ
ば辻褄が合わないわけで、そうなっていないのであれば、マルクス主義に
おける「労働者」の状況だと定義されるのです。

では何故そのような状況になってしまったのか…以下のような原因が考え
られるようです。
・ 気付かないうちに資本家に搾取されている。
・ 生業なのに、アルバイト並みに効率の悪い仕事に就いている。
・ 要領が悪すぎて、他の人よりも時間がかかってしまう。
・ 賃金を稼ぐことよりも、ボランティアに近い労働に生きがいを感じる。
・ 頼まれると断れない性格で、他人のためにばかり動き回る。
(なんかマジシャンに当てはまることが多いなあ…)

日本人は子供の頃から、お年玉を貯金すると褒められたり、本来お金は
汚いもので、金儲けに勤しんでいる大人はいかがわしくてなんとなく悪い
人というイメージを植え付けられているせいなのか、そもそも金銭に関し
ては談論風発からは遠い人種ですよね。(仕事の打ち合わせの際にも、
なかなか肝心のギャラの話にはならないことも多いですしね)

閑話休題…「貧乏暇無し」は、本当に余裕のある人が使うのであれば普通
に謙遜として聞こえるのですが、そうでなければ、清貧を気取りながら
「自分は無能である」と宣言しているも同然で、口癖として使い続ければ、
ますます悲惨な状況に陥っていく危険性が大なのです。
他にも「拙宅」とか「粗品ですが…」とか、ましてや自分の配偶者を「愚妻」
などと呼ぶのは日本人だけではないでしょうか。(言霊の力で本当にそう
なってしまうと思うとゾッとしますね)

謙遜は日本人特有の誇れる文化かもしれませんが、一歩間違えるとネガ
ティブワードにしか聞こえないこともあるわけだし、自己主張の強い
外国の友人達の口からは謙遜の類の言葉を聞いたことがありませんしね。

事程左様に、日本人の(善かれと思って)譲歩する国民性が、隣国の被害者
ビジネスや図々しい覇権主義を助長させているのは論を俟たないでしょう。
ネガティブな口癖がある人は、天国に行っても不満を見つけ続けるもの…。
自分の人生にとって最良の言霊は何なのか…真剣に向き合う価値はあると
思います。

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誕生日に思う

誕生日…ついこの間迎えたはずだったのに、もう一年経ったわけですよ。
歳は取りたくないもの…と巷間よく云われますが、この歳になった自身
を顧みると、それなりに人生経験を積み、常識的な範囲ではあるけれど
物事の道理も理解し、世間の理不尽な事象も甘んじて受け入れ、諦める
ことも覚えたせいか気持ちがブレることも少なくはなりましたが、今更
ながら思いを馳せることは色々とあるもので…。

カルロス・ゴーン氏が日本経済新聞のコラム「私の履歴書」に寄稿して
いた一文です…
よくあることだが、嫌いだった人には「ああ、こんなに重要だったのだ」と
後で気づかされることが多い。嫌いということの背景には何か重要なこ
とが隠されている。それは後になってわかる。

私の場合、若い頃から多くのマジシャン群像の謦咳に接することに恵ま
れたのは大変有難いのですが、まあ若かった上に好き嫌いが特に激しい
性分なので、諸々思い当たる節を反省しながら、今後機会があれば久闊
を叙したいと思います。

さて、毎年誕生日を祝いながらも常に頭の片隅にあるのは、人間として
歳を取ることのメリット(世間に対しての「売り」の部分)とは何なのか
ということ…一般的ビジネスにおいては経験値に基づいた信用や信頼感、
俳優であれば渋い役やそのまま老人役がハマるであろうし、演歌におい
ては酸いも甘いも経験したであろう年配歌手が歌うと心に響きますしね。
マジシャンの場合、加齢に伴いスピーディーなイリュージョンやアクト
の動きが衰えてくる分、年相応な台詞や説得力のある演出の研究に傾注
することになるのでしょうか。
しかし、本人が「クラシックカー」を気取りながらも、他人からは車検も
通りそうもない廃車寸前の「中古車」にしか見えなくなることが一番痛い
わけです。

一般的な経済の観点から考察しても、老人という範疇に入ることは喜べな
いでしょう。
価値というものは需要と供給のバランスによって決まるという鉄則に基づ
けば、今後間違いなく訪れる超高齢化社会においては、供給が需要をはる
かに上回って老人の価値は底なしの暴落を続けていくであろうことは論を
俟ちませんから。

いつぞや覚えたアメリカンジョークを紹介しましょう…

3歳の時に大切なことは、おしっこを漏らさないこと。
10歳の時に大切なことは、友達をつくること。
20歳の時に大切なことは、上手にセックスすること。
30歳の時に大切なことは、金を稼ぐこと。
40歳の時に大切なことは、金を稼ぐこと。
50歳の時に大切なことは、上手にセックスすること。
60歳の時に大切なことは、友達をつくること。
70歳の時に大切なことは、おしっこを漏らさないこと。

私個人の気持ちとしては、生物学的にはやはり歳は取りたくないもの。
残念ながら老いを止める方法がないのであれば、せめて老いを意識しない
生き方が肝要なのでしょうね。
現状に満足することなく、貪欲に幸せを追い求め、寝食を忘れて打ち込み
続けられる仕事や趣味があれば、少なくとも忍び寄る老いの足音など気に
せずに暮らせるはず。

しかしこれ、逆説的に考えれば、自分がいつかきっぱりとマジックをやめ
る日が来たとしたら、それは本当に自己実現できて幸せになってしまった
証左なのかも知れません。
長年服用していた薬を必要としないほどの健康体になるように、あれだけ
好きだったマジックを必要としないほどに心が安定してしまったというこ
とだから…でも近い将来、現実にそうなることを望むもう一人の自分が
内在していることも紛れもない事実。

たぶん、本当に老いるってそこから始まる気がします。

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