やりがい搾取
「やりがい搾取」という言葉は元々、社会学者の本田由紀が著書「軋む社会 教育・
仕事・若者の現在」(河出書房新社)の中で使ったものです。
その意味はやりがいを搾取するということではなく、雇う側が仕事に対する
「やりがい」を巧みに報酬として置き換え、労働者を安い賃金で働かせることです。
あるいは「やりがい」を意識させることで過剰労働を強いることを指します。
これは不幸な働き方の元凶と言っても過言ではないのですが、あらゆる職種で
蔓延しています。(もちろんマジック界でも)
マジックを含めたあらゆる仕事に当てはまることですが、楽しそうに働く人と
苦しそうに働く人の違いは「自律性」です…つまり自分の意思で率先してやっている
のか、やらされているのかの違いです。
自律的に働く人はハイパフォーマーに多く、己の強みを存分に発揮して成果を
出すので、周囲から評価と承認を得て、自由裁量の余地がさらに大きくなって
いくのです。
よくありがちな「お金のために働いているのではない」とか「お金でやりがいは買え
ない」等の、パフォーマンスが悪くて低収入の人が言い訳がましく己を慰める
言葉が、労働至上主義をさらに助長しているのは間違いないでしょう。
(高収入の人の言葉であれば、そこには説得力が浮かび上がります)
いつしか、仕事はお金を稼ぐ手段からアイデンティティそのものとなり、人生の
意味や目的、そして「自己実現」をもたらすものになっていったのでしょう。
例えば、ブラックなマジックバーでは、披露する場に飢えている目立ちたがりの
若手マジシャンを利用して「仕事の報酬は仕事」という無限ループを構築している
場合もあります。
社会経験が希薄で世間知らずのマジシャンに限って、「これこそが自己実現」という
陳腐な思想に染まって、特に違和感なく受け入れてしまいがちなのです。
コンベンションに代表されるマジックイベントでは、承認欲求でウズウズしている
若手に「大したギャラは出ないんだけど、名誉なことなのだからゲストで出なさいよ」
などと言葉巧みに声を掛けて、タダ同然で出演させるいう典型的な「やりがい搾取」
が散見されます。
「好きなことをやれているのだからこれでいいのだ」と、どこか達観しながら
ダラダラと過ごすのではなく、その仕事を引き受ける意味、その現場に立つことの
意義を把握し、己の強みをブラッシュアップして、「あなたにいてもらわなければ困る」
と言わしめればこっちのものなのです。
「その現場に欠かせず、影響力の強い人」ほどやりがいを搾取されることは少なく、
幸福度がアップするのは紛れもない事実です。
一朝一夕には成し得ませんが、「余人を以って代えがたいマジシャン」が理想ですよね。
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