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2022年11月

スキミング戦略 7

前回からの続きです…

私自身、若手の頃は生活のために、あらゆる環境での仕事のオファー受けて
きましたが、ある考えからお祭りやショッピングセンター等の不特定多数の
観客が無料で観覧できる現場は極力避けるようになりました。
(その理由は2021年5月の「マジックと愛車遍歴番外編2」で詳しく書きました)
そしてスキミング戦略を基にした戦術を立て、自分なりにステータスを向上
させるために、かつ自己実現のために一瀉千里に駆け抜けてきたつもりです。

しかし、どこに到達すればゴールなのか…偉そうなことを書いておきながら、
現実には自己評価すら曖昧模糊としているので、方位磁石のないこの業界で、
自分が今現在どのポジションに立っているのかは定かではありません。
「ビジネスとしてのマジック」に主眼を置けば「本流」のつもりではいますが、
マジック界という特殊な村社会では「傍流」と見られているかもしれません。

そもそもスキミング戦略に否定的で、中にはルサンチマンの本領を発揮する
人も一定数存在します。
逆に興味のあるマジシャンも一定数おられるでしょうから、その方々のため
に自分の考えを一つ吐露すれば、マジックビジネスにおけるスキミング戦略
は一朝一夕で成就するものでもなければ「このマジックをこのスタイルでこの
シチュエーションで演じればそれでOK」という最大公約数的な模範解答も
ありません。

ただはっきりしているのは、人生を左右するあらゆる場面で当てはまること
ですが、「戦略のミスは戦術ではカバーできない」ということ。
身近な例として、マジシャンが陥穽にはまりがちな事象…とにかく仲間うち
(ニッチ市場)で認められたくて、主戦場をそこに設定してしまう(戦略)と、どれ
だけ凄いテクニックを誇示しよう(戦術)が、経済的にはなかなか機能しない
ために、大した対価は得られないということ。
通常、ニッチ市場を狙うのであれば、そこにはビジネスとしての大きな見返
りの確信があればこそなのですが、そもそもマジック界自体がニッチなのに、
さらに自己満足に等しいニッチな部分には、それを望むべくもありません。

ところで、マジシャン同士が見せ合うと、見せてくれた相手に同意を得る
ことも仁義を切ることもなく、「見せてくれた」あるいは「見破った」という事実
が即「教えてくれたのだ」とか「このまま演じていいのだ」(ギャグを含めて)
という勝手な解釈に脳内で都合良く変換されることは異常だと思います。
(お気を確かに!)

閑話休題…

スキミング戦略のスタートは、まず業界の相場観に流されずに「ギャラを払う
側から見た時に、自分のショーはいくらが適正価格なのか」を考えることと、
「他のマジシャンと差別化できる売りとしての付加価値はあるのか」を確認
することです。
人間としての深みが醸成されないまま、パクリのジョークと凡庸なマジック
ばかりを演じてブランディングもできていない状態では、ギャラ交渉の際の
説得力に欠けることは言うまでもありません。
また「有名マジシャンのアレと同じことができます!」と売り込むのは、「売り」
ではなく「安売り」というレッテルを自ら貼った病的なほど下品なセールス
トークです。
(おだいじに!)

高価格帯を狙うスキミング戦略、低価格帯を狙うペネトレイティング戦略…
どちらのビジネスモデルを採るのかで生き様が投影されるのですが、どちら
でもない道…例えば、業界の相場に合わせて「クロースアップマジックから
イリュージョンまでの幅広いレパートリーで、あらゆる世代に夢と感動を
お届けします」…という中庸が一番無難なのかもしれません。

それも一つの生き様ではありますが…「記憶に残る幕の内弁当」はありません
から。

次回8(最終回)へ続く…


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スキミング戦略 6

前回からの続きです…

現在の市場を俯瞰した時に、この停滞した社会においては、リーズナブルな
マジシャンほど忙しいのでしょうか?…生活必需品ではなく嗜好品に近いと
も言えるマジックショーの場合は必ずしも当てはまりません。
世の中も幾分落ち着きを取り戻し、いわゆる営業出演も漸増しているようで
すが、あらゆる価格帯のマジシャンの仕事量が、コロナ禍以前に戻ったとは
まだ言えない状況ですし、第8波流行の兆しもあって予断を許しません。

また現在の日本経済はインフレが進行し、収入は増えないのに物価が上がる
というスタグフレーションに陥り、さらに歴史的な円安が追い打ちをかけて
います。
しかしどんな時代でも、景気に左右されない岩盤のような富裕層は一定数い
るもので、それが証拠に高級車や高級腕時計、宝飾品、絵画が売れまくって
います。

最近の日本経済新聞に「百貨店外商、40代以下に的」の見出しで主要な百貨店
が若い富裕層を取り込むことに注力しているとの記事が載っていました。
もともと外商は武家屋敷を回って注文を聞いた江戸時代の呉服屋にルーツが
あり、専任販売員が顧客宅まで通って、要望に手厚く応じるシステムです。

私はスキミング戦略の一環として、外商の顧客を対象としたマジックショーを
幾度となくやってきました。
その客層は一つの百貨店で概ね年間に一千万円以上の買い物をする人達で
すが、確かに近年は若い層が増えている印象でした。
それを裏付けるように記事によると、特に消費意欲の伸びが著しいのが30代
から40代の比較的若い層で、伊勢丹新宿本店の外商顧客のうち、44歳以下
の合計購入額はコロナ前の19年度比で5.4倍に増えたそうです。
実は驚くべきことに、ロールスロイスの購入者も40代が最も多いのです。
そして夫婦揃って高所得のパワーカップルが、タワーマンションを購入してい
ます。
ニューリッチとでも言うのでしょうか、この比較的若い富裕層が日本の経済
を回しているのです。

巷間、「失われた30年」と云われるように、年収水準が30年に渡って横ばいの
の日本は、中間層の消費力がほとんど成長していないわけですが、富裕層に
目を転じると状況は違っていて、仏コンサルティング会社キャップジェミニに
よると、日本で資産を100万ドル(約1億5000万円)以上保有する富裕層は
365万人で、米国に次いで2位で、3位にも2倍以上の差をつけています。

実はそれだけの富裕層がこの日本には存在しているのですが、野村総合研究所
では、日本の富裕層向けにサービスを提供するシステムやサービス(エンタメを
含めて)がまだまだ足りておらず、需給バランスのズレが生じているという
ことです。
富裕層の属性も多様化して、従来型の商品を入手するだけでは需要を満たせ
なくなり、自分達だけで「特別なものを体験する」という富裕層向けのコト消費
が必要となると言われています。

こんな千載一遇のチャンスに、スキミング戦略を採って積極的に富裕層にアプ
ローチするマジシャンがほとんど見当たらないのは勿体無いことなのです。

次回7へ続く…

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スキミング戦略 番外編

「スキミング戦略 4」においてクルーズショーについて書きましたが、その直後
にタイムリーかつ少しショックなニュースが飛び込んできました。

豪華客船「ぱしふぃっくびいなす」の事業終了、会社解散の報…
運航する日本クルーズ客船によると、今年12月27日〜2023年1月4日の
沖縄や奄美を巡るニューイヤークルーズが最終運航になるとのこと。

「ぱしふぃっくびいなす」は1998年の就航以来、多くのマジシャンが乗船し、
各々に様々な思い出があることだと思います。
数百人収容のメインホールや、天井の低いナイトクラブのこじんまりと
したステージで演じた思い出が走馬灯のように蘇るマジシャンも多いので
はないでしょうか。
私が頻繁に乗船していたのは2000年代で、国内クルーズはもちろん、上海
やウラジオストクに寄港した海外クルーズも懐かしく思い出されます。
特にナイトクラブでのバードアクトで、オオバタンやコンゴウインコが客席
全体を低空で旋回飛行する様は目に焼き付いています。

事業終了の原因としては、やはりコロナ禍において2年間の運休を余儀なく
されて売り上げが立たなかったダメージは大きく、今年3月の運航再開後も
需要回復は難しかったようです。
日本のクルーズ客船はシニア層の顧客の強い需要に支えられているのですが、
「コロナが完全に収束するまで我慢しよう」という慎重かつ真面目な日本人の
気質というのも需要回復の遅れの理由と言えるでしょう。
なにしろ政府からは「原則屋外ではマスク無しでもOK」との通達があるのに、
外国人観光客が驚くほどにマスクをしている日本人が多いという事象は、
やはり同調圧力に弱い国民性が垣間見えると言ってもいいでしょうね。

さらに他のクルーズでも言えることですが、乗船前のPCR検査の手間や、
検査のために前乗りした客の宿泊費も大きな負担となっていたであろうし、
万が一、航行中に船内でクラスターが発生した時に、寄港地を所管する
自治体から着岸を拒否されて洋上で漂流せざる得ない懸念があることも
要因だったようです。
やはりコロナ蔓延初期に「ダイヤモンドプリンセス号」が着岸してその対応
に右往左往した横浜市のネガティブイメージが払拭されていないのでは
ないでしょうか。

先日、「にっぽん丸」に乗船した後輩マジシャンのショーの映像を見せてもら
いましたが、ドルフィンホールのステージと客席の境界に大きなアクリル板
がずらりと並んでおり、まるで水槽の熱帯魚を鑑賞しているようでした。
照明の反射で客席から見づらくならないように考慮して、斜めに立てては
いるものの、そのせいで演者からは客席が全く見えない状況になっている
とか…。
さらに客をステージに上げる際には、ソーシャルディスタンスを徹底
するために、客をステージ上の決められたサークル内(野球のネクスト
バッターズサークルのような)に立たせて、一定の距離を保つのがルールと
なっているそうです。

つくづくやりづらい環境になりましたが、そんな手枷足枷の状態でも努力
をした結果、パフォーマンスの評判や船内での立ち振る舞いの高評価を得て、
それを誇示したところで、貴重な仕事場そのものが沈んでしまっては元も
子もありません。
これからコロナの第8波の流行も懸念される現在、我々エンタメは不沈艦
となるための戦略を立てることが肝要かと思います。

次回6へ続く…





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スキミング戦略 5

前回からの続きです…

夜の街に目を向ければ、私は17年間(1989〜2006年)に渡って、銀座のクラブ
でクロースアップマジックを演じてきました。
(詳細は「チップ論」において書きましたのでご参照下さい)
銀座デビューした当時は世の中をMr.マリック超魔術ブームが席巻していま
した。
それでもまだ世間の人はクロースアップマジックというものに馴染みも無け
れば、テーブルホッピングという概念もありませんでした。
まだ免疫が無い当時の客は眼前で起こる現象に素直に驚き、次第に評判を呼
んで、有難いことに潤沢な報酬を頂戴しながら次々に出演店舗が増えていき
ました。
銀座のクラブというフィールドにおいては、充分な先行者利益を享受できた
と思います。

この17年の間、福岡と東京を頻繁に往復する過程で、ふじいあきら、ゆうき
とも、庄司タカヒト、後年にはRYOTA、高橋ヒロキ、そして北原禎人ら優れ
た後輩たちと知り合い、彼らの実力を目の当たりにして、自分がローカルの
井の中の蛙であったことも思い知ったと同時に、お尻に火が点きましたね。
近年ではハーフムーンのヒデ、そしてメイガス…彼らのような進化し続ける
ベテラン勢からも刺激をもらっています。

閑話休題…

高額チップが飛び交っていたあの時代も今は昔…その後の景気低迷で高級
クラブの勢いも衰え、マジックバーも激増したせいか、夜の街でマジックを
楽しむことはもはやスタンダードとなり、スキミング戦略を練る余地は少な
くなったと言えるでしょう。
さらに近年はコロナ禍が夜の街に大きな打撃を与えてしまいました。

今になって歩んできた道を振り返ると、景気も良くて好き放題にやれた寛容
な時代を駆け抜けて果実を食い尽くしてしまい、ペンペン草すら生えていな
い感もあります。
現在のようなコンプライアンスに縛られる窮屈な時代(動物やファイヤーを
使用するマジックが制限されたり、お笑いでも身体的特徴をいじることや
痛みを伴う罰ゲームが忌避され、人を傷つけない笑いにシフトされる等)に
自分が二十歳だったとしたら、あくまでもビジネスを第一義として考えた
場合、プロ活動には魅力を見出せずにアマチュアのままでいたかもしれま
せん。

私が幸運だったのは、マリックさん、ジョニー広瀬さん、サコーさん、清水
一正さんら偉大な先輩方に影響を受けて可愛がられたこと、また時代背景
の追い風や競合者も少なかったこともあって、ホテルや劇場でのステージ
ショー、クルーズショー、クラブでのクロースアップショーと様々な分野で
先行者利益を享受できたわけで、その気になりさえすればスキミング戦略を
採りやすかった時代と言えるのかもしれません。

どの時代に、どんな環境でこの世に生を授かり、どんなマジシャンの影響
を受けたかによって、確かに運・不運はあるとは思いますが、それだけで
結論が出るほど単純なものでもないでしょう。
どんなマジシャンをメンターとするのかも本人のセンスの発露であるし、
ブームの時でも波に乗れなかった人は多いし、この不確実な時代にあって
は、どの世代でも戦略なき人は青色吐息なのですから。

次回6へ続く…

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