スキミング戦略 4
前回からの続きです…
私は1990年代初頭から、いわゆる豪華客船でのクルーズショーを行ってきま
した。
最初は1991年の「飛鳥」(現在は飛鳥II)だったと記憶しています。
プロとしての出演記録ノート(←2009年12月のエントリーです)を書き始めた
のが1992年からですので、それ以前の明確な記録はありません。
その後、「にっぽん丸」「ふじ丸」「ぱしふぃっくびいなす」や「スーパースター
ジェミナイ」等の外国籍の船まで、日本におけるクルーズショーの黎明期から
乗船して、先行者利益を得ることができました。
当時は予算も潤沢で、客層はリタイヤした富裕層が中心なので、ステータス
の面からもスキミング戦略を象徴するような現場でしたが、その後の景気
低迷でエンタメの予算も削られ始め、営業現場としてはコモディティ化した
と言えるでしょう。
ステージショーやクロースアップショーまでは仕事として理解できますが、
最近では早朝からマジック教室まで要求される場合もあるようです。
今日では、多くのマジシャンがプロフィールの実績として「豪華客船」と載せ
始め、逆に乗船したことがないマジシャンの方が少数かもしれない現状では
肩書きの売りとしては差別化できなくなりました。
近年、新型コロナウイルスのクラスターが発生したダイヤモンドプリンセス
号のネガティブイメージを完全に払拭できないまでもクルーズは静かに再開
しているようですが、本来の状態に戻るにはもう少し時間がかかりそうです。
老婆心ながら若いマジシャンにアドバイスをすれば…船内における行動は
意外とチェックされていて、パフォーマンスの評判以上にプライベートの
行動で評価が決まることも多いのです。(観光ではなく仕事で乗船しているの
ですから、客以上にはしゃいでいる様子をSNSにアップするのは控えた方が
賢明かなと思います)
典型的なNG例としては、知り合ったセレブな客に名刺を配りまくって仕事
のオファーに直接繋げようとしたり、客との距離を縮め過ぎて毎夜バーで
奢ってもらって個人的にマジックを見せたり、中には女性スタッフを口説く
などして女癖の悪さが噂になったマジシャンも…。
私はというと鳥たちと乗船することが多かったために、ほとんどの時間は
部屋にこもって世話をしていたし、娯楽としては図書室でアシスタントと
オセロゲームに興じる程度で、寄港地で下船して観光を楽しむこともほと
んどありませんでした。
ただ乗船中は運動不足になりがちなので、客が全員下船している間に甲板
を何周もウォーキングして一汗かいた後、大浴場を独り占めしていました。
客と観光地巡りをしたり、ましてや一緒に入浴するなど、決してするべき
ではないとは言いませんが、少なくともプロフェッショナルとしての私の
ポリシーの中では有り得ませんでした。
基本的には、客の目に触れるのはショーをしている間だけというのを徹底
していたつもりです。
湯船やサウナで客と談笑して素っ裸を見られた後に、煌びやかな衣装に身
を包んで颯爽とステージに現れたところで、そこに神秘性や凄み、まして
有り難み(←2010年8月のエントリーです)が生まれるはずがないのです。
この辺りの感覚はスキミング戦略の第一歩だと、私は固く信じています。
ところで、私の鳥たちは移動のために飛行機を始めとした交通機関におそ
らく日本一乗り慣れていたはずなのですが、あるクルーズでベニコンゴウ
インコが船酔いして、出番前のステージ袖で吐いているのを目撃した時は
驚きました…鳥も酔うんですよ。
次回5へ続く…
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