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2022年6月

初夏の諸々

相変わらず慌ただしく動き回っておりますが、大阪では久しぶりに敬愛する
レジェンドマジシャンのジョニー広瀬さんと二人でお好み焼き会食。
この春出版された本の話題等、古き良き時代の史実を知るマジシャンの話は
貴重でした。
数年ぶりの会食でしたが、お元気そうで何よりでした。

熊本のホテルのイベント出演を終えたふじいあきらが福岡へ…で、いつもの
ように夜の中洲のパトロール。(最近月一で中洲で飲んでないか?)
食事ですが、前回彼を連れて行って気に入ったらしく、ぜひ今回もとあえて
リクエストされたアットホームなレストランが、残念ながら6月末で閉店
とのこと。(70過ぎのママさんが一人で切り盛りしているので、体力的にも
限界らしいのです)
この店での食事も今回が最後となりそうだったので、連れて行ったことの
ないクラブのホステスさん2人を誘って4人での同伴としました。
絶品の料理(特にオムライス)の数々に皆さん大満足のようでした。

新進気鋭の美男美女マジシャン、峰龍&Riricoが福岡へ…私の自宅でイリュー
ジョンをメインとした指導。
二人ともに優れたフィジカルを持っているので、あっという間にコツを掴ん
だようです。
5月に指導した田中大貴もそうですが、長引くコロナの影響で特にステージ
マジシャンには暫く受難の時期が続くかもしれませんが、今のうちに将来
に向けての仕込みをしておくことが肝要ですね。
夜には馴染みのステーキハウスで美味しいお肉を堪能しました。

思い返すと自分は一旦行きつけの店ができると、結構長いお付き合いを続
けるもので、今回閉店するレストランには22年通いましたし、ステーキ
ハウスには30年以上通っています。
美容室に至っては、なんと37年のお付き合いです。
コロナ禍で行きつけのクラブも数軒閉店したし、落ち着いたら新規開拓も
必要なのかなと…まあ、そんな気力もいつまであるのやらですが。

体力的な理由で閉店するレストランのママさんによると、長年の常連客達
からは閉店しないでほしいと懇願されたそうですが、私は「お疲れ様でした」
と言うのが精一杯でした。
なぜなら私自身も還暦を迎え、自らの体力と今後の需要を熟考して道具の
断捨離やレパートリーの整理を行う中で、「えー! あれをやめちゃうんです
か?」「まだまだできるでしょ、もったいない!」という声を多く頂戴した
からです。
多くは本心からの声でしたが、中には明らかな社交辞令もありましたね。
周囲の声が耳に入ると決心が揺らぐので、独りでさっさと進めています。
そりゃあ永遠に続けられるものなら続けたいですよ…しかし私のマジックは
伝統芸能ではないので、「まだあんなことやってる」と言われる前の引き際
が肝心なのです。(クルマの免許返納と同じなのです)

思い入れのあるアクトは捨てられない…それは理解できますが、過去の例、
特にコンテストの受賞歴があるマジシャンは、そのアクトに対する愛着と
自己評価が異常に高くて、加齢と共に演技やBGMが陳腐化しようとも時が
止まったかのように、そのアクトと心中するのかと思うほど演じ続けると
いう傾向があります。
しかし全盛期と比較すると痛々しくも見えるし、若き日のアクトに生涯
しがみついているということは、それを超えるものを作れなかったことの
証左であると同時に、人生の末路は往々にして後輩達が憧れるようなもの
にはなりません。
一般人の認知度ゼロの受賞歴で同業者のマウントを取ったり、過去の栄光
(?)のノスタルジーに浸ることなくアップデートしていくマジシャンほど
成功しているのは歴史が証明しています。

6月21日、後輩マジシャンYOHEYが配信しているYouTubeコンテンツの
BARアルケミスト トークショーに出演。
高橋ヒロキ、三志郎を交えて、あっという間の2時間でした。
タブー無しのLIVE配信が条件で引き受けたので、「ZUMAをナマで喋らせて
大丈夫なのか?」という懸念もあったようですが、そこは常識的な範囲で
収めたつもりです。
物足りないと感じた方々も、バーナム効果で被弾したと自覚した方々も
ご視聴ありがとうございました。(今後も笑顔と夢と感動を届けるべく精進
していくつもりです)
内容に関しては、後日このブログで補足的に振り返ってみようと思います。

それではみなさん、暑い日が続きますがどうぞご自愛ください。

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ファッションと自己表現 2

前回からの続きです…

ご存知の方もいるとは思いますが、40代半ばまでの私は、ヘアスタイルは
オールバックで、黒系のスーツを纏って強面のキャラクターで仕事をしてい
ました。(その筋の人にも見えるからか、NHKでふじいあきらと共演した際
には、彼から業界の「若頭」と紹介されたほどです)
長年銀座を主戦場にしていたせいか、酔客から絡まれないように、あるいは
舐められないように、そしてステージではイリュージョンやインパクトの強い
大型鳥達の存在感に負けないようにという戦闘モードが常にON(スーパー
サイヤ人状態)になっていたのだろうと回顧しています。

17年も働いた銀座からの撤退後に、見かけをソフトにキャラ変しようにも
最初はどこから手をつけていいのかも分からず、流行りの男性ファッション
誌等で随分勉強したものですが、やはり実際の売り場でトレンドの服を見て
触って、スタッフから様々なアドバイスをもらうのが一番の勉強になります。

ブティックのスタッフに服の用途を相談すれば、親身にコーディネートを
提案してくれるし、その上で自分が何者であるかを考え、その限界を理解
して理想と現実のギャップと向き合えば、被服費の無駄遣いはしなくて済む
はずです。(還暦を迎えた現在は、小綺麗なジジイであることを心掛けて
います)
さらに自分のキャラクターを理解してくれた上でアドバイスをくれるセンス
の良いスタッフが担当になれば心強いものです。(ハットを被るようになった
のも「似合うと思いますからハットデビューしましょうよ」というスタッフ
からのアドバイスによるものでした)

服はネットで買う人も増えていますが、その結果のリコメンドでは自分で
理解している嗜好の範疇を出ないので、視野が狭くなってしまいます。
本もそうですが、類似の本のリコメンドよりはリアルな書店で思いがけず
出会う本の方が、人生に彩りを添えることに貢献します。
特にハイブランドの服や腕時計ともなれば、造詣の深いスタッフとの雑談
も含めて五感で体感できるコミュニケーションもできることを考えると、
圧倒的にリアルに軍配が上がります。

自分の担当のスタッフと一緒に選んだ服や腕時計を、ブティックを出る際
にそのブランドの紙袋で手渡される…実はそれも大切な思い出のスタート
になると同時に、正規店で買ったという満足感と自信も得られるのです。
同じ物をネットで見つけて安く買えたとしても、その服や腕時計に何の
思い入れもない宅配便のおじさんに手渡された瞬間から始まる歴史には
高揚感もないし、全くの別物です。(正規店で購入しない人は、どこで
購入したのか、担当は誰なのかを尋ねられることがストレスになります)

リアル店舗で実物を確認してネットで最安値を探すのは、家電くらいに
しておきましょう。

やはり、リアル店舗を回遊して思いがけない出会いをする経験が大切だと
感じるのは、自己表現のために本当に大切なものは無駄だと思えるものの
中に隠れていることが多いからです。
すっかり「おうち時間」という言葉も馴染んでしまいましたが、あえて自己
表現をするために気分が上がる服を着て出かけて、街並みの彩度が上がる
感覚を味わうことは、最高の気分転換と最良のデトックスになるような
気がします。
そういう意味でも「無駄」は無駄にならないのです。

なんとなく着る服やなんとなく着ける腕時計には、なんとなく以上の価値
は見出せないはずです。

なんとなく演じているマジックは…言わずもがなです。

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ファッションと自己表現 1

若い頃は金銭的な余裕も無く、当時の優先順位として、収入のほとんどは
マジックの道具やステージ衣装に費やしていました。
必然的に普段着には無頓着にならざる得ない状況でしたね。

生活に余裕が出てきた壮年〜中年期を迎える頃からの富裕層をターゲット
にしたスキミング戦略を練るにあたり、打ち合わせの場や会場入りする際
の普段着にも、いや普段着にこそ出費して、それなりの「身なり」をすること
の重要性に気づき始めました。

例えば、ステージ上で出現させる宝石や紙幣はダミーでも逃げきれますが、
プライベートで身に着けている宝飾品や腕時計がバッタ品だとバレたなら
ば、信用は一気に失墜します。

一般的に、服に限らず腕時計やバッグや靴、メイクを含めてファッション
は何らかの形でその人を表現する媒介になっています。
人を見かけで判断すべきではないとは言っても、世間では「身なり」である
程度値踏みされるのが現実です。
それなりに格付けされているホテルやレストランでは、案内される客室の
グレードや座席に位置に大きな影響を与えることもあります。

その中でも身体に寄り添ってほぼ一体となる服は、本人が意図するしない
に関係なく、その「人となり」を表現するものであると言っても過言ではない
でしょう。
ハンガーにかかっている時点では「服」でも着た途端に「身体の一部」に変化
します。
他人から無理やりに着せられたとしても、事情を知らない他人から見れば
その人のセンスの発露であると理解されます。
たとえ服装に無頓着だとしても、その無頓着なこと自体が自己表現となる
のです。

就活をしている学生を面接する企業側からすれば、エントリーシートから
の情報や本人から直接聞いたエピソード等の情報と合わせて、その学生の
外見が意味する、あるいは発信しているメッセージを読み取ろうとする
はずです。
学生が企業にアピールする情報は全て「私はこんな人です」という主張や
メッセージになります。
「いやいや自分では外見にそこまで深く意味を込めていません」と言った
ところで、相手は必ずそう取ります。
本当はそれが分かっているからこそ、金髪にして遊んでいた学生が就活
時期になると黒髪に戻してピアスも外すのです。
そして金太郎飴のごとく、リクルートスーツが売れまくるのです。

就職したい学生も仕事が欲しいマジシャンも同様で、どんな外見で勝負
するかは自由ですが、「その外見で、相手にどう思われたいか」を伝える
必要があります。
「伝えたいこと」が本人の思い通りに伝わる外見なら問題はないでしょう。
買い物をしていると店員に間違われて質問される人がいますが、本人が
意図せず店員に間違われるのは決して愉快なことではないでしょうが、
残念ながら他人からはそう見える「身なり」だったのです。

一部上場企業の社長が謝罪会見の場でギラギラのブランド時計を着けて
いたら、本心から謝罪しているようには見えないはずです。
近年では、度重なる交通違反や無免許運転で辞職した女性都議会議員が、
謝罪会見の場に真っ赤なニットを着て白いシャネルの腕時計を着けて
現れたこともバッシングされていました。
どんな場で何を身に纏うかで「人となり」を判断されるのです。

私の経験上、スキミング戦略を意図、あるいは重要視するマジシャンで
あるならば、身なりに注意を払うこと…フォーマルであれカジュアルで
あれ、まずは清潔感が絶対条件です。
見かけではなく、マジックさえ上手ければいつかは売れる、いつかは
稼げる…そう信じて生きるのはもちろん自由ですが、その自信満々の
マジックを最良の場所で見てもらう機会を得るためにも、「身なり」を
軽んじてはいけません。

次回2へ続く…


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