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Owen Magic Supreme

私のマジック人生において、最もお世話になったマジック道具のメーカーで
あるオーウェンマジックが閉店しました。
御多分に洩れず、今回のコロナ禍で、顧客である世界中のマジシャンの活動
が停止したことが直接の原因なのですが、その背景には、コロナ禍以前から
の中国製コピーイリュージョンの蔓延の影響も無視できなかったはずです。

学生の頃、黒い表紙の分厚いカタログを手にした時の衝撃は、今でも忘れら
れません。
海外のマジック番組でしか観たことがない、超一流マジシャンが使用してい
る豪華絢爛な道具やイリュージョンの数々が、美しい写真と挿絵で紹介され
ていました。
ラスベガスのバリーズ、スターダストホテル、フロンティアホテルでスター
街道を駆け上がったジークフリード&ロイが使用している道具のほぼ全ては
オーウェンマジックが製作したものでした。
夜な夜なカタログを見返しては、気になる道具のページに付箋を貼り、それ
を演じている自分を想像しながら眠りについたものです。

1980年代後半、数度目の渡米の際、意を決して工房を訪ねました。
カタログに載っていた住所をメモに書き留めて、タクシーの運転手に渡した
のですが、かなり辺鄙な場所なのでハリウッドからは1時間近くかかります。
工房の周辺はとてもタクシーが拾える環境ではないと思い、運転手にチップ
を渡して、帰る時まで待ってもらいました。
エントランスには既製品のショールーム、その奥には広大な工場を構えてい
ました。
アポなしの訪問でインターホンを押すと大男(当時の工場長であるアラン・
ザコルスキー)が怪訝そうな表情で現れました。
挨拶もそこそこに中に入れてもらえると思いきや、門前払いされました。
何と告げられたかは正確には覚えていませんが、この奥には世界の一流の
マジシャン達からオーダーされて、オリジナルで製作中の道具も多くある
ために、突然訪ねて来た人間を入れるわけにはいかないという理由だった
と記憶しています。
現在でこそ私達は「ったく、中国のパクリは…」などと平気で口にしています
が、アポなしで訪ねて来た素性の分からない私は、アランから見ればそんな
中国人以上に怪しげで、何か情報をパクリに来たと思われても仕方なかっ
たのかも知れません。
ちなみに、その翌年にも門前払いされました…タクシーを待たせておいて
正解でした。

その後に私がとった作戦は、名前だけでも覚えてもらって信用を積み重ね
るために、ちょこちょこと通信販売で道具を購入することでした。
当時はもちろんネット環境などない時代ですから、手書きの注文書をFAX
で送り、郵便局からポスタルマネーオーダーで送金していました。
まだまだ高価なイリュージョン等は購入する予算もなかったので、鳩や
ファイヤーのアクトの中に組み入れるキャンドルやシルク等の、高くて
も数万円程度の道具を取り寄せていました。

そして1990年代初頭、IBMコンベンションの帰りに立ち寄ると、さすが
に覚えていてくれたのか、初めて中に入ることを許されました。
せっかくなので何かカッコがつく値の張るものをオーダーしようと選ん
だのが、現在でも演じ続けているクリスタルマネーアピアー(透明の箱に
大量のお札が出現します)…当時でもケース込みで2.000ドル程度したの
ですが、帰国直前で資金不足だったので、手付け金として200ドルを払い、
帰国後に残金を送金しました。(もう20年以上演じていますが、テレビで
演じた直後から多くのコピーが出回りました。コピーを使うセコい輩は、
中身も必ずニセ札を出現させます)

Dr.ZUMAの芸名を得て、本格的なプロ活動を始めた私は、怒涛のように
オーウェンに道具をオーダーしました。
既製のイリュージョンはもちろん、バードマジック用にロードテーブル、
オウム用のバニシングケージ、ミラーの貫通、ファイヤーミラーボール…。
日本人マジシャンの窓口的立場になると、仲間のマジシャン達からも
オーダーを頼まれて、クリスタルマネーアピアーやコインラダーや多くの
イリュージョンを輸入しました…オーダーした道具の総額は、間違いなく
数千万規模のはずです。(ZUMAの紹介だと勝手に名前を使って工房に
潜入した輩もいたようですが、今となってはご愛嬌です)

1990年代末からは、渡米するとオーウェンのスタッフが空港やホテルの
送迎をしてくれるようになり(リムジンのこともありました)、夜はアラン
夫妻の招待で、マジックキャッスルでのディナーが定番化しました。
2000年代になると、マジックコンベンションのディーラーブースでは、
オーウェンだけは別格扱いで特別室が設けられるのですが、そこの壁
には、ダイヤモンドイリュージョンを演じる私の写真が額装されて、
かつて憧れたスターマジシャン達と同列で飾ってもらえるようになり
ました…カタログを眺めていた学生時代を思い出すと、信じられない
状況でした。

門前払いから30数年…まさに隔世の感がありますが、最近は渡米する
こともなくなっていたので、直接の交流はありませんでしたが、アラン
からはクリスマスカードが届いたり、私はテレビでオーウェン製の道具
を使う機会があれば、その映像を送ったりという関係は続いていました。
近年は、優秀なイリュージョンビルダーの廃業の報も届いていたので、
オーウェンはどうしているのだろうと思っていた矢先に、友人のメイガス
から閉店の知らせを受けました。

アラン・ザゴルスキー、ビル・スミス、ジョン・ゴーン、ウィリアム・ケネディ…
まだ全ての職人が廃業したわけではありませんが、世界中の一流マジ
シャンを支えてきた第一級の職人が製作する道具は、今後益々入手が
困難となることでしょう。
現在そして今後の若手マジシャン達が、これらの一級の道具に触れる
こともなく、歴史やオリジナルが何たるかも知らずに、バッタもんの
道具で酔客相手にワイワイキャアキャアと演じる未来を想像するだけ
で、哀れに感じるだけではなく、暗澹たる思いになります。

中高生の頃に海外のマジック番組で観た一流のマジシャンはもちろん、
その演技を彩る道具に憧れ、それらを躊躇なく普通にオーダーできる
立場のマジシャンになりたいという欲望が、とんでもないエネルギー
や、仕事と向き合う際のモチベーションになっていたのは紛れもない
事実です。(その対象が現在はイリュージョンから時計や車に変わって
いるのでしょうね)

優れた職人達と同時代を生き抜いて、その一級の道具を手にして稼が
せてもらったことは、なんと有り難いことか。
ありがとうオーウェンマジック! ありがとうアラン!…あなたが製作して
くれた道具で喝采を浴びて、本当に幸せです。

オーウェンマジック閉店のニュースは…コチラ

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