マジックと愛車遍歴 番外編 2
90年代の話に戻ります…新居を建てたばかりの私は、とにかく稼ぐ必要が
あったので、オファーがあればどんな仕事でも受け入れていましたが、自分
が納得する演技を提供して、その上で満足できるギャラを得るには、やはり
ステージ環境が良くないと不可能だと思うようになりました。
過酷な炎天下のお祭りのステージでの出番直前、司会者がプロフィールの
受賞歴を読み上げている最中に、心の叫びが聞こえます…「あー、ハードルが
上がってしまった。今からやるお祭り用の演技で評価されたくない。でも、
どんな環境でも対応できると豪語した自分の責任なのだ。もうこんな現場の
仕事は断ろう。ここで燕尾服でカッコつけても滑稽なだけだ。シャンデリア
の下で理想の演技をやろう」
当時の音源はカセットテープだったために、炎天下のイベントではテープが
伸びて、冗談のようにスローなBGMが流れてしまうこともあれば、ショー
の最中にゲリラ豪雨に見舞われて、衣装や道具もびしょ濡れになり、ダンボ
ールイリュージョンの箱も濡れて崩れかけたこともあったし、大抵のお祭り
の楽屋はテントなので、悪ガキ達が入れ替わりで覗きに来て道具に触ろうと
するわ、気がつくと道具やイリュージョンに蟻の集団が登って来るわ、夜の
出番ではテント内の照明に虫は集まるわ…まるで障害物競争のような環境で、
ベストパフォーマンスなんてできるわけがないのです。
その後、私は生意気にも「今後は一流ホテルやテレビや豪華客船や劇場の舞台
にしか立たない。ショッピングセンターや野外のお祭りなどは絶対にNGだし、
一般客向けの観覧無料の仕事は受けない」と決意し、現在に至るスキミング戦略
を練り始めます。
ビジネスモデル構築のための「戦略」が決まれば、それを具現化させる「戦術」
も決まります…それは自分にできる範囲で、これまでよりもワンランク上の車
や衣装や道具に予算を投じて、シャンデリアの下にふさわしい手順作りに傾注
することでした。
仕事には必ず戦略と戦術がつきものですから、昔の私のように、オファーが
あれば何でも引き受けるというのも一つの戦略なので、否定はしませんが、
あるレベル以上の仕事に特化しようと思えば、諦めなければならない仕事も
あるはずで、断ったり撤退することも重要な戦術なのです。
私は銀座のクラブに出演している間は、クラブに迷惑をかけないように細心
の注意を払って、受注する案件を精査していました。
大衆店で安いギャラでやっているという類のネガティブな噂は、すぐに伝播
しますからね。
例えばあるマジシャンに、ホテル主催で一人数万円のディナーショーの案件
が舞い込んで決定したとしましょう…ところがディナーショーの前日、ホテル
近隣のショッピングセンターのふれあい広場的なイベントスペースで、その
マジシャンが、買い物客相手の観覧無料のマジックショーをやっていたと
したら…ホテルサイドがそれを知ったらどう思うでしょう?
現実にこんなことがありました…某ホテル主催の私のショーのゲストに、ある
後輩マジシャンを推薦して提案し、企画は実現に向けて順調に進行していた
ところ、私も知らなかったのですが、ショー本番の数日前に観覧無料の野外
のお祭りイベントに、その後輩が出演する予定であることが発覚したのです。
ホテルサイドはそのチラシを入手しており、次回の会議の席で「私どもの大切
なお客様からお金を頂戴しておきながら、すぐ近くで無料で観れるマジシャン
の芸を提供するわけにはいかない」という理由でボツになってしまいました。
今回のショーに対する私の意気込みや、後輩の演目はお祭りとホテルとでは
別物であることも懇々と説明しましたが、覆すことはできませんでした。
仕事の選り好みをできない立場の後輩にも生活があるので、責めるわけにも
いかず、ボツになった理由は話せませんでした。
戦略のミスは、戦術ではカバーできないのです。
次回、本編4へ続く…
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