« マジックと愛車遍歴 2 (前編) | トップページ | マジックと愛車遍歴 3 (前編) »

マジックと愛車遍歴 2 (後編)

出演条件をはっきりと提示しない、あるいは守らないという、怪しげな芸能
プロダクションとは距離を置き始めたわけですが、思い返すとマジック業界
にも似たような側面がありました。

コンテストで賞を獲ったり、この業界でちょっとでも注目されようものなら、
すぐにコンベンションやイベントのゲスト出演の声がかかるようになります。
それはそれで光栄なのですが、私が若手の頃は「このイベントに出られるだけ
でも名誉だと思いなさい」とか「若いくせに、出演条件の話をするなんて生意
気だ」という上から目線の雰囲気が充満していました。
(現在はどうなのかを知る由もありませんが…)

ギャラはおろか交通宿泊費等の条件すらもはっきりしないコンベンションや、
「マジック界を一緒に盛り上げよう」とか「勉強になるから」という大義名分を
振りかざすオファーがあった時に、引き受けるのも断るのも自由なのですが、
同業者にウケることが至福だというマニア心が利用されている(可能性がある)
ことだけは、肝に銘じておくべきでしょう。

「自分を認めてくれるマニアの世界」というぬるま湯に浸かり続けることは、
それはそれは気持ちが良くて、のぼせてしまうことはよく理解できます。
気がつくと、指先も脳もふやけています。
アマチュアならば、一生浸かり続けても構いません…なぜなら、そのお湯に
浸かるためにマジックを趣味にしたのですから。

しかしプロであるならば、ぬるま湯に浸かり続けたその先に、どのような
未来が待ち受けているのか…先人を他山の石とすれば明らかでしょう。
プロを自称するものの、若い頃から利用され、搾取され、結構な年齢になる
までマニアの世界にどっぷりと浸かり続けたマジシャンで、幸せそうな顔を
した人を、私は見たことがありません。
次第に精神的にも経済的にも余裕がなくなり、アマチュアに道具を売りつけ
たり、押し売りのような指導をしながら糊口をしのぎ、他人の生き様を妬み、
見るからに卑屈な顔へと変貌していくのです。

「なぜプロになってしまったのか…アマチュアのまま趣味として続けていれば
よかったのに」…生活に窮したマジシャンの家族や元同僚は囁きます。
ではなぜ「趣味」を「仕事」にしてしまうのか…それは以前にも紹介した、作家
の村上龍氏のこの言葉に凝縮されています。

「趣味」の世界には心を震わせ、精神をエクスパンドするような失望も歓喜も
興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った
作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。つまりそれは
我々の「仕事」の中にしかない。

そんなこんなで、幸か不幸か若くして様々な体験をした挙句、腕よりも意識
の方が先にプロフェッショナル化していった時期でした。

この当時はまだイリュージョンは演じていなかったので、道具を運ぶには
4ドアセダンのサンタナで充分でしたが、実はこの車にはかなり悩まされ
ました。
ある知人に紹介された中古車店から、かなり安く購入したのですが、これは
事故車ではないかと勘ぐりたくなるほど不具合も多く、おまけにマニュアル
車で不便を感じていたので、2年で手放しました。
修理をする度に、紹介してくれた知人と会った際にその話題で気まずくなり、
申し訳なさそうな顔をされるのが嫌で、なんとなく疎遠になっていきました。
それ以降、車に関しては、紹介したりされたりは避けて、自己責任で購入
した方がいいなと思うようになりました。
お互いに悪気はないのに、人間関係が気まずくなる…これも人生勉強でした。
(車もそうですが、紹介したマジシャンがポンコツだったという報告も最悪
ですけどね)
そして、次の車は5年間営業出演に寄り添ってくれることになります。

次回、3へ続く…







|

« マジックと愛車遍歴 2 (前編) | トップページ | マジックと愛車遍歴 3 (前編) »

マジックと愛車遍歴」カテゴリの記事