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チップ論 5

チップ論も最終回となりました。(勢いで少々苛烈かつ辛辣なことを書い
たかもしれません)
本当に細かいエピソードまで書けばもっと長い連載にはなるのですが、
あまりにも生々しくなりそうなので今回で完結します。

まず、奇しくも同じ年(1934年)に生まれ、同じ年(1979年)に鬼籍に
入った二人の大物マジシャン(伊藤一葉と初代引田天功)のチップにまつ
わる因縁のエピソードを紹介しましょう。

まだ売れる前の一葉氏が地方のキャバレー出演をしていた時に、当時すで
に大スターで偶然にも同じ町で公演を終えた天功氏が多くの取り巻きを連
れて来店、何十万も使って豪遊し、一葉氏に一万円のチップを出したそう
です…当時一晩数千円のギャラの貧困生活で惨めな生活をさせている妻子
のことを思えば喉から手が出るほど欲しかったチップですが、格差はあれど
同業者それも同期のマジシャンからのチップを受け取れば自分自身が崩れ
てしまうと断腸の思いで拒否し、一葉氏は自尊心だけで成り立っている今の
自分の惨めさを自覚したあまり、楽屋で男泣きしたとか…。
そしてこの出来事がきっかけで、絶対に売れてみせると決意したそうです。   (参考文献:「タネも仕掛けもございません 昭和の奇術師たち」 藤山新太郎
著 角川選書)

現在でも若手バーマジシャンにセコい額のチップを渡して先輩風を吹かす
ベテランマジシャンもいるようですが、こういうエピソードを知ると同業者
同士のチップのやり取りは危険物取扱い並みの注意が必要でしょうね。
(まあ、人生の転機で借金したり口利きしてもらった過去があれば、その
負い目も永遠に消えることはありませんからね)

しかし、あれだけの大物が二人共同じ1979年に45歳の若さで鬼籍に入る
とは…死因は一葉氏が胃癌、天功氏が心筋梗塞と記憶していますが、当時
私は高校2年生で、その一年前の1978年にホテルオークラで開催された
「世界奇術大賞」において、初対面のお二人から直筆のサイン色紙を貰った
ばかりだったので、連続の訃報は大変なショックでした。
特に天功氏の訃報は大晦日だったので、どんよりとした気分で正月を迎え
た記憶があります。
私の映像ライブラリーには、お二人が亡くなる一年前に共演した貴重な映
像が残されていました。
このエピソードを知った上で映像を観た時、お互いにどんな感情で共演し
ているのかと思うと…すでにお二人共売れていたからこその余裕というか
まさに大人の立ち振る舞いなのですよ。

そしてこの番組は、私が現在に至るまで影響を受け続けてきたプロフェッ
サー・サコー氏のプロとしてのテレビ初登場の時でもありました。
桂三枝師匠(当時)と共に司会を兼ねた天功氏の「私は彼に非常に期待し
ています!」との紹介で、スモークの中からサコー氏が登場するシーンを
観ると今でも鳥肌が立ちます。
今回の一連のチップ論を書いている最中、何度か電話でMr.マリック氏と
史実の確認をし合いました…ここでは割愛しますが、マリック氏自身も
売れる前は酒席において壮絶な体験をしてきたであろうことは想像に難く
ありません。
マリック氏はもちろん、現在のマジック界の屋台骨を支えているマジシャン
達…ふじいあきら氏、RYOTA氏等、多くがチップという魔物と闘ってき
たのです。

酒席で働いた経験があるほとんどのマジシャンは、チップを貰ったことが
あるのではないでしょうか。
私は現在に至るまで常に「アウェー」を主戦場として、「マジックバーと
いうホーム」でレギュラー出演をしたことがないので、現在の相場を推し
量ることに確信はありませんが、店からの報酬はおそらく一晩1〜2万円
といったところではないでしょうか。
地方の店であればもっと安いかもしれないし、時給計算の店もあれば交通
費支給の有無があったりで待遇は様々でしょうが、失礼ながら昔も今も決
して不安が解消されるレベルではないはずです。

そんな現状であれば客から1万円のチップを貰えば、「ちょっと美味しい
ものでも食べて知り合いのバーに寄って帰ろうかな」とか「電車の始発ま
で待たずにタクシーで帰っちゃおうかな」というプチ贅沢に心が傾くほど
有難いものなのです。
マジックバーの一部には、マジシャン個人が貰ったチップを経営者に上納
させるという酷い店もあるやと聞いていますが、そこで飼い殺しになるの
か否かを決めるのも雇われる側の自尊心の問題ですね。

自戒を込めて告白しますが、セコいマジシャンが思いがけなくチップを貰
った時、ついやりがちなのが…「ありがとうございます! ではせっかく頂い
たお札を使ってもう一つだけお見せしましょう!」…ああ、思い出すだけ
でこっぱずかしい!
勘違いしてはいけません…これ、「もういいから消えて」ってサインです
から…。

弟子のRintaroが銀座のクラブ(米倉涼子主演ドラマ「黒革の手帖」の舞台
となった超高級クラブ)で体験したエピソードです。
彼がある卓に着いた途端、まだマジックをやっていないのに客がいきなり
チップを出して「ほら、これあげるから向こうへ行け!」と言ったそうです。
つまり、毎度大枚叩いて高級クラブに通い続ける客の目的は決してマジッ
クを観たいわけではなく、美しいホステスとの会話であり、ずっと狙って
たホステスを今夜こそはと口説きに来たのかもしれない客の貴重な時間を、
空気が読めないマジシャンがむやみに削り取らないように注意しましょう
ってことですよ。

高級クラブにおいては小一時間の滞在で一人でも最低数万円、豪遊する
客であれば数十万を払うわけですから、その中でマジシャンに奪われる10
分弱の時間(それもチップを払って)が客にとってはどれだけの「価値」が
あるのか、はたまたどれだけの「無駄」なのかを客の立場で推測するスペ
ックがこういう現場を主戦場とするマジシャンにとっては必須なのです。
私が客の立場の時でも、せっかく連れやホステスさん達と盛り上がってい
るのにマジシャンが割り込んで来たりショータイムの生演奏が始まると、
邪魔だなあと感じたことがありますから。
ほら、レストランでコース料理を頼んだ時、会食相手と大切な話をしてい
る中に無粋にも割り込んで一方的に料理の説明を始めてしまうスタッフが
いますよね…まさにあんな感じですよ。(そんなスタッフに限って、逆に
質問すると何も知らないことが多いもので…)

マジックバーであれば、幸いなことに客の来店動機の優先順位は、まずは
マジック、続いて酒なのでしょうがクラブの場合は圧倒的にまずホステス
続いて酒…最後にマジックなのですよ(マジックはステーキの横のポテト
かコーンみたいなものです)
クラブの客の中には「マジックは演らなくていいから、マジシャンも座って
飲めよ」と言う人も結構います。
そんな時マジック以外の話題がさっぱりだと、あっという間に薄っぺらな
生き様が暴露されてしまいがち。
マジックを生業としてしまった職業マジシャンが特別なだけで、たまたま
店で出会ったに過ぎない一般人はそれほどマジックに興味を持ってはいな
いのですから、マジックという武器をあまり過信せず、マジック抜きでも
客と丁々発止やりあえるくらいの社会勉強はしておくべきでしょうね。

それとこれは重要なことですが…客の社交辞令をまともに信じないこと。

「それだけマジックができたらモテるでしょ?」…これ、大半がモテそうに
ないオジさんからの質問で、どう見てもモテる美女が質問することは
まずありません。
モテるわけがないことはマジシャン自身がよ〜く実感しているはず。
生活が不安定な上に社会性が欠如して、カードをこねくり回してばかりで
マジック以外の会話はからっきしダメなのにチップには過敏に反応する…
しっかり人間観察しているホステスさん達からはきっと蔑まれてますよ。

「えーっ、凄い!なんで?今夜は眠れない!!!」…心配しなくても客は絶対
に眠ります。
眠れないのは将来が不安なマジシャンの方ですから…。

思い出しましたが1993年頃でしたか、紙幣にペンを突き刺すネタ(ジョン
・コーネリアスのペンスルーエニシング)が発表されて、私は「チップ製
造機」と名付けて(今風だと「チップを産む神ネタ」と言うのでしょうか)
毎夜活用していました。
借りて穴を開けた紙幣を復活させると、もうそのまま自動的にチップで貰
える場合がほとんどでしたから…ホント、チップ狂想曲に翻弄された時代
でした。

最後に余計なお世話かもしれませんが、酒席で働く若きマジシャンの方々
に自戒を込めてのアドバイスを…客は見抜いていますよ! セコいマジシャン
がチップ欲しさにわざと紙幣を借りようとしていることを…。

チップとは、出す側も受け取る側も己の人間性を映し出す鏡(魔物)なの
です。
皆さん、お気を確かに!!…完。 

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