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チップ論 4

4回で完結のはずでしたが、原稿を加筆修正している間に長文になってし
まったので、次回のチップ論5が最終回となります。

チップ論3では私なりの若い頃の高揚感から潮時までを赤裸々に吐露しま
したが、なにしろ苛烈に書いた分、読んだマジシャン各々の立ち位置次第
で受け取り方は様々あることでしょう。
銀座時代の戦友としてチップ論2で実名を出させてもらったふじいあきら氏
のメールでの感想は…「懐かしくも厳しかった日々を思い出しました。チップ
とプライドの闘いは、経験した者にしか解らないのかもしれませんね」という
ものでした。

近年、生業として酒席を主戦場とする若手マジシャンが増えています。
もちろん生活のためではなく、現場主義で腕を磨き続けたり新作を試す場
と割り切って酒席で演じ続け、常にグレードアップを心掛けているベテラン
マジシャンもいることは重々承知しています…そのことは敢えて論評云々す
るつもりは毛頭ありません…それを理解された上で以下を読んで下さい。

大好きなマジックを生業として酒席で働くという夢が叶いながらも、漠然と
将来が不安な若手マジシャンは、今からでも何らかの準備を始めるべきで
しょう。(不安になるのが普通ですよ)
バーやショップの経営者になる勉強をするか、メジャーという高みを目指す
か、酒席以外の収入源を確保した上でプライドを保てる案件だけを引き受
けるか、いっそスキミング戦略を基にビジネスモデルを大転換するか…等
の模索をするべきだと思います。
つまり加齢と共にビジネスモデルを変換しながら、最終的にはいかにして
ブルーカラーからホワイトカラーへの転身を図るのかということ。
野球に例えれば、豪速球が投げられなくなったら無理に三振を狙うのでは
なく、老獪な頭脳派のピッチングで打たせて捕るプレーを心掛けましょうと
いうことです。

逆に敢えてのペネトレイティング戦略とまでは言いませんが、芸人なんだ
から「末路哀れは覚悟の前」とばかりに自己陶酔し、酔客から茶々入れられ
ようが、憐れみのチップ貰おうが何とも感じない(痛覚が無い)強靭でおめ
でたいベテランマジシャンは、いざとなってもジタバタすることなく宣言通り
の老後を甘んじて受け入れ、その生き様を堂々と世間に曝すべきでしょう。
(その生き様に後輩マジシャン達が憧れるのかは甚だ疑問ですが…)
まあ堅気の人でも定年後に再就職すれば、はるかに年下の上司から叱責
されることもあるわけで、それに耐えられるかどうかは、パーソナリティーや
生活の逼迫度合いによって個人差があることでしょうね。

チップの話題からはちょっと逸脱しますが、常日頃から演技のグレードアッ
プや自身のメンテナンス(ビジュアルもフィジカルも)に対する自己投資を
怠り、ズルズルと営業を続けて辞め時を逸したまま老いてしまったイリュー
ジョニストは見ていて痛々しいものですよ。

ただしカパーフィールドやシルバンあたりになると別格ですね…ドクター
目線からも、頭髪から顔面までメンテナンスにはかなりのお金をかけてま
すから。
とにかくマジシャンには定年がないだけに、何歳まで今の立場や状況を続
けるつもりなのか、そしてその目安の歳を過ぎてからも精神的にも体力的
にもやっていけるのかを常に自分に問い続けることが重要であることは論

を俟たないでしょう。

チップという魔物に取り憑かれたあるマジシャンのエピソードを披瀝します。
1996年のことでしたか、私が出演していたクラブの姉妹店の支配人から
聞いた話です…あるマジシャン(名前は伏せますが、かなりの大物です)が
突然売り込みに来たというのです。
彼が提示した条件は、「チップのみで稼ぐ自信があるので店からのギャラ
は必要ありません」とのこと…タダより高いものはないと訝った支配人は、
即行お断りしたそうです。
そりぁそうですよ、チップが出なければ死活問題ですから貰って当然とい
う態度は滲み出るであろうし、貰うまで客前に居座り続けるかもしれない
わけで、後で店にクレームが入ることは火を見るよりも明らかですからね。
実はこのマジシャンとは割と親しかったので、後に本人にエピソードを確認
したところ…残念ながら真実でした。
これ根本的なことですけど、チップは無くて当たり前ですからね。

チップの本質とは一体何なのか…私の理解では、銀座デビューした直後の
このエピソードに尽きると思います。

当時見た目は40代後半くらいの遊び慣れた感じの客(今で言うちょいワル
オヤジでしょうか)が、2種類のマジックを見せただけで「ありがとう!」と
いきなり3万円のチップを出しました。
驚いた私は「それは結構です、ちゃんとお店の方からギャラを頂いておりま
すので」とお断りしたところ一瞬でその客の顔色が変わり、周囲のホステス
全員に席を外させたのです。
「やばい、怒らせちゃった…二人っきりにしてどんな説教をするのだろう」と
ビクビクしていたところ、意に反して素晴らしいアドバイスをしてくれたので
した…それも誰にも聞かれないように小声で。

「お前さあ、堂々と振る舞ってるようだけど、本当はこういう店に慣れてない
んだろ? 俺は昼間の喫茶店でお前の手品を一時間観たって百円も払う気
ないよ。 俺はこの店の美女達の前でカッコつけたくてチップ出してるんだ。
それをお前が受け取らずに財布に戻したら、こんなカッコ悪いことはないん
だよ。 だからお前には受け取る義務があるんだよ。 頼むから俺にカッコつ
けさせてくれよ。 それもお前の仕事なんだ。 わかったか!」

そう言い終わると再びホステス達を呼び寄せ、有難くチップを受け取った
私を同席させて、改めて最高級のシャンパンで乾杯と相成りました。
銀座でパフォーマンスを始めたごく初期に、このような「粋」な大人の男性
から「教育された」ことは本当にラッキーでした。
そうした方々から遊びのこと、お酒のこと、腕時計のこと等を知らず知らず
の間に影響を受けてきたのだろうと思います。

高級クラブにおけるチップの本質とは、こちらに対する「心づけ」ではなく、
客自身の「見栄」を満たす行為であること、客にカッコつけさせること…
決してそれが全てではないけれど、それから17年に渡って銀座のクラブ
で立ち回るヒントを「勉強した」夜でした。

次回チップ論5で完結です。

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