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私物と道具、意識してますか?

ステージマジックの場合、舞台上に配置されたテーブルやイリュージョン
は、観客にとってはおよそ身近な日用品とは思えず、マジシャン特有の
「道具」に見えることでしょう。
一方、クロースアップマジックの場合、カードや特殊なカップやスポンジ
ボール等、いかにもマジシャンしか持っていない品物もありますが、財布
やキーホルダー、ペンやメモパッド等、一般人から見ても親しみのある
「私物」に見える品物を使う機会も多いものです。
 
ただね、長くマジックに浸っていると、一般人との視点や感覚のズレが生
じるのです。
私も長年、銀座のクラブを始め、様々なシチュエーションの下でクロース
アップショーやテーブルホッピングを演じるうちに、感覚が麻痺していた
部分がありました…それは、マジシャン自身には自然に見えていると信じ
ている大小のワレット類、リングフライト、ギミックペン、メンタル用
のパッド…これらは、それなりの冷静な観客から見れば、不自然な形状の
物が多く、実はかなり怪しげな雰囲気を醸し出しているということ。
 
マジシャンは余程の拘りがない限り、現象や使い勝手や価格を最優先して
グッズを選択しがち…しかしそれらを改めて凝視すれば、「それ、どこで
買ったの?」と聞きたくなるような形状のキーホルダーだったり、有り得
ないほど安っぽいレザーを使用した財布だったりするのです。
マジックショップのHPでワレットの一覧を覗くと、厭という程安っぽく
て変な財布が沢山出て来ますが、中には○○風と謳う明らかな偽ブランド
のデザインの商品を堂々と販売している悪徳ショップもありますから要注
意ですね。
 
若手の頃ならともかく、余裕の出る40〜50代になり、それなりのスーツ
や靴や腕時計を着けるようになってからも、ポケットから取り出す財布や
キーホルダーやペンが、ブランド品である必要はなくても現象優先という
都合だけでマジックショップで買った陳腐な「道具」が「私物」に見えた
時、そのアンバランスさといったらもう…。(ビニール製のパケット入れ
を客前に出すのもいかがなものかと思いますよ)
 
ある超VIPのパーティーで、ふとそれを意識した途端、恥ずかしさでとて
もじゃないけどそれらを観客の眼前に出す勇気は消え失せましたね。
だって、そういう現場では、どんな現象を見せたところで、「えっ、私物
のセンス、それ?」って思われること必至ですから。
 
あの有名なマジックメーカーであるコレクターズワークショップの黎明期
、かつて「Perfect Time」という逸品がありました。(私も購入しました)
現象は、マジシャンが腕時計を外してテーブル上に置き、観客に自由に
時間を言わせた後、腕時計の文字盤を見せるとその時間を正確に表示して
いるという極めてシンプルかつ強烈なものだったのですが、いかんせん腕
時計のデザインが今ひとつといった印象でした。
ところが、当時本物のロレックスを改造したバージョンも受注生産されて
おり、これが結構売れていたという事実は、演じる上で、やはり道具では
なく、センスのある私物として見せることに重きを置くマジシャンも多く
存在していたという証左でしょうね。(今も製作していれば、フランク・
ミュラーのバージョンを一本オーダーしたいところだったのですが…)
 
こういう事象を意識するようになって以来、ル・ポールの財布、リングフ
ライト、ダブルX等を演じる機会は徐々に減っていきました。
ル・ポールの財布は、観客の指輪を出現させるというイレギュラーな使用
方法で30年以上テッパンネタとして演じてきたので、今でも時々演じて
いますが、若い頃から世界中で集めた物の中から、良質のレザーを使用し
た最も自然に見えるブラウン系の財布を使用しています。
 
リングフライトは完全に封印しています…そもそも演じるべきではないと
思っています。
どんなに慎重に演じても、指輪には必ず(高い指輪ほど)線傷が入ります。
ですから、今でも怖いもの知らずの若手マジシャンが平気で指輪を借りて
カチッという音が聞こえるとぞっとしますね。(私が客の立場なら、高い
指輪は絶対に貸しませんね)
 
さて、問題はペンなのです。
カードにサインをしてもらう際にSharpieを取り出すことには違和感は
ありませんが、ダブルX用のペンは、なぜ安っぽい物しかないのでしょう。
私は昔からスタックコインで演じていたので、それなりに強力(ギミック
の性格上、書きづらいですね)なペンでなければならないとしても、それ
なりの仕事の際に使うのには抵抗がある安っぽい物ばかりです。
そこまで文句言うなら自分で作れと言われそうなので、いっそモンブラン
の万年筆で自主製作しようかなと思案中だった矢先に、とんでもない万年
筆を見つけてしまいました。
 
超高級腕時計で一躍有名になったあのメーカーが、万年筆を発売しました。
リシャール・ミル万年筆…いったい誰がどんな目的で購入するの?って
ほどの価格ですが、これを手にするくらいの身分であれば、そもそもテー
ブルホッピングの仕事なんて引き受けてませんよね。
 

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