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皿回し

先日、外に借りているイリュージョン用の倉庫と自宅の道具置き場の整理
をしましたが、ちょこちょこと処分はしていたものの、まあよく集めたも
のだと我ながら呆れ返りました。
ではその全てがレパートリーかというと、決してそうではありませんね。
道具以外にもダンボールに入った食器類(特にグラスと皿)も発見。
これ、自宅を新築して運び込んで以来、一度も開けてなかったのでは…。
 
それで、出て来た道具と皿を見ているうちに、レパートリーの本質とは何
だろうと思った次第。
皿と言えば皿回しですが(強引)どんな映像が思い浮かぶでしょうか?
おそらく雑技団が両手に何本もの棒を持って、その上で同時に多くの皿を
回している…そんなイメージでしょうか。
私のイメージは子供の頃のテレビ番組「万国びっくりショー」(古過ぎ)
等で観た記憶があるのですが、背丈ほどの棒を床に何本も一直線に柵の様
に立てて、端から順番に皿を乗せて回していくもの…最後の皿を回す頃に
は最初の皿がクタクタになり、演者が慌てて最初の位置に戻ってフォロー
するのをハラハラしながら観ていたような…。
 
さて、なぜ皿回しについて書いているかというと、より多くの皿を回すの
を誇る曲芸師と、より多くのレパートリーを持つことを誇るマジシャンが
重なったからです。
もちろん本質的には別物なのですが、あくまでも私の頭の中の考察だとい
うことでご容赦ください。
 
例えばあるプロマジシャンが、自分には現在1000種類のレパートリーが
あると豪語したとします。
それは、突然その中から何をリクエストされても、堂々とギャラを頂戴で
きるレベルで即座に演じることができると宣言しているということ。
皿回しに例えたら、責任を持って1000枚の皿を美しい静止状態に見える
レベルで回し続けているようなもの…そんなこと本当に可能でしょうか?
各々のマジックを最後に演じたのはいつのことでしょうか?
1000本の腕時計を所有していたら、毎日取り替えても一通り着用するに
は三年近くかかることでしょう。(それはそれでうらやましい!)
 
そりゃあこんな私でも、今までに覚えただけとか知ってるだけとか持って
るだけのマジックを合計したら、容易に1000種類は超えるでしょう。
自慢じゃないけど、昔買ったものの説明書を紛失して、使い方が全く解ら
なくなっているけど捨てるに捨てられないパケットやトリックデック等は
山のようにありますぞ!
 
話が逸れますが、以前ゆうきとも氏と会食した際、私が「歳をとったせい
か、忘れてしまったマジックが多いんだよね」と愚痴ったところ、氏自身
のこんなエピソードを披露してくれました…「僕もよく忘れますよ、先日
も昔の自分の映像をチェックしてたら見事にひっかかりましたもん」
 
ゆうき氏は特別ですが、私の場合、忘れてしまったマジックも多いけど、
それらは所詮忘れても構わない程度のマジックだった気がします。
本当に自分に必要なマジックは忘れてませんもの。
 
めったに演じる機会もない多くの演目を、いつでも演じられるのを前提に
高いレベルで維持していくのは並大抵のエネルギーでは済まないはず。
誰も利用する予定のない大浴場の大量のお湯を、一年中無駄に保温してい
るようなものです。
 
私のバードアクトの場合だと、もしも鳥を飛ばす機会が数年に一度しかな
いとしたら、多くの大型鳥を日々世話してさらに調教なんてとてもやって
られないわけですよ。
テレビはもちろん、九州から北海道まで全国でそこそこ演じる機会はあっ
たし、それなりの反響と満足できる報酬を得られたからこそ、モチベーシ
ョンも維持されるし、重要なレパートリーの一つとしてカウントしている
のです。
お湯に例えれば、費用対効果の面からも十分に保温する価値があると判断
しているし、自らのスキミング戦略とも合致しているわけです。
(鳩出しをやめる決断をしましたと宣言しておきながら、営業先からリク
エストされると、金欲しさにあっさり前言を翻す輩もいるけど…軽っ!)
 
私もレパートリーは多ければ多い方が良いという思想の基、遮二無二増や
してきましたが、最近は身軽になるために断捨離を心掛けています。
(落として割るくらいなら皿の数を減らそうということです)
 
若い頃に多くのマジックと貪欲に向き合い、自らに負荷をかけて脳や指先
を鍛錬し、様々な原理を理解したり技法を身につけるのは、レパートリー
を増やす上で重要かつ必然なことです。
ですが、その当時からの「レパートリーという名の皿」を取捨選択もせず
全てを回し続けるとしたら、それは現在のプロフィール上のレパートリー
の多さを誇示するために、無理に積み上げて維持し続けているだけのよう
にも見えます。
そして自称一流マジシャンが、安物の小さな皿を数多く回して必死にアピ
ールする様は、実は成功者になるために「下手な鉄砲も数撃てば当たる」
的なイメージにも捉えられかねません。
 
本当の成功者というのは、どんな分野においても、多くの小皿を回すこと
が認められたのではなく、他の誰も回せない一枚のオリジナルの大皿を、
いとも簡単にグルングルン回している人達のことではないでしょうか?
 

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