« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »

2014年3月

無駄の美学

ロベール・ウーダン…1800年代に活躍したフランス人マジシャンで
「近代奇術の父」と云われています。
ウーダンのプロデビューは40歳と遅いものでしたが、マジシャンに
なる前は時計職人でした。
ウーダンの影響は現代のマジシャンにも色濃く残されています。
燕尾服にシルクハットという出で立ちをマジシャンの正装として定着
させ、高貴なイメージでステータスの向上にも貢献しました。
また、時計職人としての知識を活用した作品も数多く発表しており、
オートマタ(精巧なからくり人形)や世界中のイリュージョニストが
演じ続けているブルームサスペンション(空中浮揚)も代表作です。
 
ところで、私は故アンベルディ氏(オランダのハイテクマジッククリ
エイター)の作品の熱心なコレクターで、25年以上前から氏の製作し
たハイテクマジック道具(当時としてはかなり斬新)を必死で蒐集し
ていました。
今でも10点ほどの作品をリビングルームのコレクションボードに飾っ
ています。
 
現在は、当時とは比較にならないほどのハイテクを使用したマジック
ギミックが発表されていますが、突き詰めて行くと、反対にローテク
なアナログ仕掛けの良さもしみじみと感じるものです。
スライハンドマジックの多くがそうであるように、たとえ便利な仕掛
けの存在を知っていても、あえてそれに頼らない「こだわり」や「遠
回り」、極論すれば「無駄の美学」という道を選択してしまう心情や
魅力は、演じるマジシャンでないと理解できないかもしれません。
 
だからなのでしょう…腕時計でも、正確無比な電波時計やクォーツよ
りも、手間のかかる機械式時計に惹かれてしまいます。
そんな私が以前からちょっと気になっているコンプリケーションウォ
ッチを2本紹介します。ぜひPVをご覧ください。
(気になってはいても、おいそれと手が出せる価格ではありません…
どちらも3000万円超えだったはずです)
 
通常は側面に出っ張っているリューズを3時位置に縦に埋め込んでい
るために、分針が10〜20分の間は動けなくなり、その10分間だけは
6時位置のディスク表示に切り替わります。さらにその10分間に分針
はゆっくりと300度も逆戻りして、20分の位置に到達して通常の時計
回りの動きを再開するのです…なんという無駄の美学!
 
この腕時計、これまでの「デジタル表示は液晶」という常識を覆して
651個のパーツを使用してまでも、わざわざ複雑な機械式で数値表示
を実現させたデジアナウォッチなのです…無駄の美学の極致!
 
もしウーダンが生きていたら、これらの感想を聞いてみたいものです。
しかし、PVのBGMもカッコいいですね。
 
腕時計に金をかけるなんて無駄だと思う方も多いでしょうが、景気の
回復基調もあってか売れまくっているのも事実なんですね…そもそも
興味が無い人にとっては何事も無駄なんです。
ゴルフに興味が無い腕時計マニアがゴルフの会員権の価格を知れば、
「そんな金があったらあの腕時計が買えるのに…」と思うし、一般的
には高級時計の価格を知ると「車が買える」とか「マンションが買え
る」とつい口に出ます。
非喫煙者からすれば、消費税アップ前に煙草の買いだめに急ぐ喫煙者
達の姿は哀れに映るとさえ言います。
各々の価値観は、その人が「今欲しいもの」と「無駄と感じるもの」
のギャップによって瞬時に露呈されるわけです。
マジック道具なんて、興味が無い人から見ればゴミかもしれないし…。
他人様に迷惑をかけない限り、他人の嗜好に口を挟むのは自分の価値
感を押し付けているわけで、野暮なことですね。
 
では「この世に無駄なものなんてない」というと、どこか精神論めい
てますし、「役に立たないことが楽しい」というと、ノスタルジーに
浸っているかのように情緒めいて聞こえます。
それよりも、単純に「無駄があった方が生活は豊かになって、その豊
かさこそが面白いことを生み出すのではないか」と思うのです。
 
これこそが無駄の美学…「無駄」は無駄ではないのです。
 

|

皿回し

先日、外に借りているイリュージョン用の倉庫と自宅の道具置き場の整理
をしましたが、ちょこちょこと処分はしていたものの、まあよく集めたも
のだと我ながら呆れ返りました。
ではその全てがレパートリーかというと、決してそうではありませんね。
道具以外にもダンボールに入った食器類(特にグラスと皿)も発見。
これ、自宅を新築して運び込んで以来、一度も開けてなかったのでは…。
 
それで、出て来た道具と皿を見ているうちに、レパートリーの本質とは何
だろうと思った次第。
皿と言えば皿回しですが(強引)どんな映像が思い浮かぶでしょうか?
おそらく雑技団が両手に何本もの棒を持って、その上で同時に多くの皿を
回している…そんなイメージでしょうか。
私のイメージは子供の頃のテレビ番組「万国びっくりショー」(古過ぎ)
等で観た記憶があるのですが、背丈ほどの棒を床に何本も一直線に柵の様
に立てて、端から順番に皿を乗せて回していくもの…最後の皿を回す頃に
は最初の皿がクタクタになり、演者が慌てて最初の位置に戻ってフォロー
するのをハラハラしながら観ていたような…。
 
さて、なぜ皿回しについて書いているかというと、より多くの皿を回すの
を誇る曲芸師と、より多くのレパートリーを持つことを誇るマジシャンが
重なったからです。
もちろん本質的には別物なのですが、あくまでも私の頭の中の考察だとい
うことでご容赦ください。
 
例えばあるプロマジシャンが、自分には現在1000種類のレパートリーが
あると豪語したとします。
それは、突然その中から何をリクエストされても、堂々とギャラを頂戴で
きるレベルで即座に演じることができると宣言しているということ。
皿回しに例えたら、責任を持って1000枚の皿を美しい静止状態に見える
レベルで回し続けているようなもの…そんなこと本当に可能でしょうか?
各々のマジックを最後に演じたのはいつのことでしょうか?
1000本の腕時計を所有していたら、毎日取り替えても一通り着用するに
は三年近くかかることでしょう。(それはそれでうらやましい!)
 
そりゃあこんな私でも、今までに覚えただけとか知ってるだけとか持って
るだけのマジックを合計したら、容易に1000種類は超えるでしょう。
自慢じゃないけど、昔買ったものの説明書を紛失して、使い方が全く解ら
なくなっているけど捨てるに捨てられないパケットやトリックデック等は
山のようにありますぞ!
 
話が逸れますが、以前ゆうきとも氏と会食した際、私が「歳をとったせい
か、忘れてしまったマジックが多いんだよね」と愚痴ったところ、氏自身
のこんなエピソードを披露してくれました…「僕もよく忘れますよ、先日
も昔の自分の映像をチェックしてたら見事にひっかかりましたもん」
 
ゆうき氏は特別ですが、私の場合、忘れてしまったマジックも多いけど、
それらは所詮忘れても構わない程度のマジックだった気がします。
本当に自分に必要なマジックは忘れてませんもの。
 
めったに演じる機会もない多くの演目を、いつでも演じられるのを前提に
高いレベルで維持していくのは並大抵のエネルギーでは済まないはず。
誰も利用する予定のない大浴場の大量のお湯を、一年中無駄に保温してい
るようなものです。
 
私のバードアクトの場合だと、もしも鳥を飛ばす機会が数年に一度しかな
いとしたら、多くの大型鳥を日々世話してさらに調教なんてとてもやって
られないわけですよ。
テレビはもちろん、九州から北海道まで全国でそこそこ演じる機会はあっ
たし、それなりの反響と満足できる報酬を得られたからこそ、モチベーシ
ョンも維持されるし、重要なレパートリーの一つとしてカウントしている
のです。
お湯に例えれば、費用対効果の面からも十分に保温する価値があると判断
しているし、自らのスキミング戦略とも合致しているわけです。
(鳩出しをやめる決断をしましたと宣言しておきながら、営業先からリク
エストされると、金欲しさにあっさり前言を翻す輩もいるけど…軽っ!)
 
私もレパートリーは多ければ多い方が良いという思想の基、遮二無二増や
してきましたが、最近は身軽になるために断捨離を心掛けています。
(落として割るくらいなら皿の数を減らそうということです)
 
若い頃に多くのマジックと貪欲に向き合い、自らに負荷をかけて脳や指先
を鍛錬し、様々な原理を理解したり技法を身につけるのは、レパートリー
を増やす上で重要かつ必然なことです。
ですが、その当時からの「レパートリーという名の皿」を取捨選択もせず
全てを回し続けるとしたら、それは現在のプロフィール上のレパートリー
の多さを誇示するために、無理に積み上げて維持し続けているだけのよう
にも見えます。
そして自称一流マジシャンが、安物の小さな皿を数多く回して必死にアピ
ールする様は、実は成功者になるために「下手な鉄砲も数撃てば当たる」
的なイメージにも捉えられかねません。
 
本当の成功者というのは、どんな分野においても、多くの小皿を回すこと
が認められたのではなく、他の誰も回せない一枚のオリジナルの大皿を、
いとも簡単にグルングルン回している人達のことではないでしょうか?
 

|

本の紹介

・ 「頭がよくなる算数マジック&パズル」
        庄司タカヒト著 はやふみ監修 (中公新書ラクレ)
 
先日、都内での仕事の際に、庄司氏本人からプレゼントして頂きました。
最近はリケジョが話題になっているようですが、私の場合、本来文系頭
なのに無理を承知で理系に進んだものですから、受験期の思い出は嫌な
ことばかりで、今でも数学と聞くだけで蕁麻疹が出るくらい、ましてや
物理に至っては吐き気やめまいに襲われるほどです。
そんな「算数マジック食わず嫌い」の私が恐る恐るこの本を読んでみる
と、意外や意外、非常に理解し易く、過去の数理トリックもかなりシン
プルに改良されており、即戦力のマジックやパズルが満載…もちろん、
蕁麻疹は出ませんでした。
 
即戦力と言われれば、覚えたてのマジックはすぐに披露したくなるもの
ですが、何の脈絡もなく唐突に演じると、特に算数マジックの場合は、
ややもすると「段取り通りにやれば誰でもできるんでしょ」と突っ込ま
れがち…そうならないように演者の雰囲気や演出が重要ですね。
せっかく準備したマジックなんだから今すぐ演じたいという衝動をグッ
と抑えて、話の流れの中でそれにふさわしい話題になったら、思い出し
たように演じるのが効果的だし、そういう話題にならなければあえて演
じない…これが潔いですよね。
 
さて、この本の総括ですが、その丁寧な解説やコラムを読めば納得でき
ますが、私のような算数マジックアレルギーの人には…苦い錠剤が糖衣
をまとったように甘く、また算数マジックは胃がもたれるという人には
…おかゆのように優しい…そんな本なのです。
 
 
・ 「銀座ミーティング」 高木久子 (駒草出版)
 
銀座の有名一流クラブ「ベルベ」の高木久子ママによるチームマネジメ
ントの解説本です。
私も十数年多くの銀座のクラブで演じてきたので、銀座というタイトル
に反応して書店でふと手に取りました。
最初は自叙伝か自己啓発本の類いかなと思いながら読み進めると、タイ
トル通り、営業の前後にママがホステスさん達にダメ出しや叱咤激励を
するミーティングの様子やママの人生論が口語調で綴られていました。
プロローグには「銀座の女は、常に美しく、気風よく、インテリジェン
スがあり、そしてエレガントであるべきと思う」とありますが、内容は
というと、せっかくのそのイメージをひっくり返すような強烈さです。
はっきり言えば、いかにして客を引っ張り、気分良く高い飲み代を払わ
せて売り上げを上げるかのノウハウが赤裸々(えげつないくらい)に
書かれており、客の立場で読むと、その生々しさにかなり引いてしまい
ました。
一部を抜粋すると…「男の見栄をくすぐりましょう」、「同伴もしない
でお店でお弁当を食べているのは恥だと思ってください」、「笑顔で接
するのが私達の仕事…お金儲けは我慢代です」といった具合。
昨年末に中洲のクラブでこの本のことを話題にしたら、すでに読んだと
いうホステスさんが二人いて、いずれも「私達には参考になるかもしれ
ないけど、これをお客さんに読まれることには抵抗がある、接客の全て
がこのような考えや動機によってなされていると思われたら仕事がしづ
らい」という感じのことを言ってましたね。
そりゃそうですよね、客は垣間見ることがない(知るべきではない)
楽屋裏のミーティングの内容なんだから。
 
これをマジック本に置き換えたら、いかに自分を「客想いの素晴らしい
マジシャン」に見せかけて、ギャラやチップを巻き上げるかが主な内容
となるのですから、一般書店で売られるとなると、マジシャンの人間像
のイメージダウンとなり、ある意味トリックの暴露本よりもダメージが
ありそうな気がします。
マジック業界ではトリックの解説本は星の数ほどあれど、この本の如く
赤裸々にパフォーマーとしての金儲けの仕方について指南したビジネス
本は、私の知る限り見たことがありません。
何故か?…まずは趣味の延長線上で商売にして「好きなことで食えれば
とりあえず幸せ」という程度のモチベーションのプロが多く、ビジネス
モデルを確立している人がほとんど存在していないこと、そして売れた
マジシャンも成功のいきさつや人生観がそれぞれ違うので、「マジック
の王道」は提示できても最大公約数的な「マジシャンとしての王道」を
上から目線で提示しづらいということでしょう。
それに世間から見たらどうなのか分かりませんが、そもそも「それほど
儲かる業態ではない」イメージだからでしょうね。
 
 
・ 「100万円超えの高級時計を買う男ってバカなの?」
      マチヒロチ作画 広田雅将監修 (シムサム・メディア)
 
表紙の帯には「そうです、バカです、時計バカ。でもバカほど楽しい
人生はない」とありますが、この本(漫画)は日本一高級な時計専門
誌「クロノス」に連載中のもので、内容は極めて真面目なものです。
目次を読んだだけでも…「オーバーホールは高くない!!」、「エナ
メル文字盤はなぜ高い?」、「サファイヤクリスタルってどうやって
作るの?」、「トゥールビヨンって何がエライの?」等、マニアック
な内容で、機械式高級腕時計がなぜ高級なのか、具体的にその魅力を
解説しているのですが…やはり興味の無い人から見ればバカと思われ
ても仕方ありませんな。
 
それはそうと、まもなく危険な祭りがやって来ます。
そう、「世界の腕時計展」(通常春と秋の2回開催)…例年は4月の
開催なのに、今年は消費税アップ前の駆け込み購入を狙って3月開催
ってわけですね。
高額になればなるほど3%アップするだけで相当な差額ですしね。
このイベント、昨秋は3億円の売り上げだったようですから、今回は
それを上回る盛況となるでしょう…ホント景気いいんだなあ。
張り切って行って来ます…そうです、バカなのです!

|

« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »