無駄の美学
ロベール・ウーダン…1800年代に活躍したフランス人マジシャンで
「近代奇術の父」と云われています。
ウーダンのプロデビューは40歳と遅いものでしたが、マジシャンに
なる前は時計職人でした。
ウーダンの影響は現代のマジシャンにも色濃く残されています。
燕尾服にシルクハットという出で立ちをマジシャンの正装として定着
させ、高貴なイメージでステータスの向上にも貢献しました。
また、時計職人としての知識を活用した作品も数多く発表しており、
オートマタ(精巧なからくり人形)や世界中のイリュージョニストが
演じ続けているブルームサスペンション(空中浮揚)も代表作です。
ところで、私は故アンベルディ氏(オランダのハイテクマジッククリ
エイター)の作品の熱心なコレクターで、25年以上前から氏の製作し
たハイテクマジック道具(当時としてはかなり斬新)を必死で蒐集し
ていました。
今でも10点ほどの作品をリビングルームのコレクションボードに飾っ
ています。
現在は、当時とは比較にならないほどのハイテクを使用したマジック
ギミックが発表されていますが、突き詰めて行くと、反対にローテク
なアナログ仕掛けの良さもしみじみと感じるものです。
スライハンドマジックの多くがそうであるように、たとえ便利な仕掛
けの存在を知っていても、あえてそれに頼らない「こだわり」や「遠
回り」、極論すれば「無駄の美学」という道を選択してしまう心情や
魅力は、演じるマジシャンでないと理解できないかもしれません。
だからなのでしょう…腕時計でも、正確無比な電波時計やクォーツよ
りも、手間のかかる機械式時計に惹かれてしまいます。
そんな私が以前からちょっと気になっているコンプリケーションウォ
ッチを2本紹介します。ぜひPVをご覧ください。
(気になってはいても、おいそれと手が出せる価格ではありません…
どちらも3000万円超えだったはずです)
通常は側面に出っ張っているリューズを3時位置に縦に埋め込んでい
るために、分針が10〜20分の間は動けなくなり、その10分間だけは
6時位置のディスク表示に切り替わります。さらにその10分間に分針
はゆっくりと300度も逆戻りして、20分の位置に到達して通常の時計
回りの動きを再開するのです…なんという無駄の美学!
この腕時計、これまでの「デジタル表示は液晶」という常識を覆して
651個のパーツを使用してまでも、わざわざ複雑な機械式で数値表示
を実現させたデジアナウォッチなのです…無駄の美学の極致!
もしウーダンが生きていたら、これらの感想を聞いてみたいものです。
しかし、PVのBGMもカッコいいですね。
腕時計に金をかけるなんて無駄だと思う方も多いでしょうが、景気の
回復基調もあってか売れまくっているのも事実なんですね…そもそも
興味が無い人にとっては何事も無駄なんです。
ゴルフに興味が無い腕時計マニアがゴルフの会員権の価格を知れば、
「そんな金があったらあの腕時計が買えるのに…」と思うし、一般的
には高級時計の価格を知ると「車が買える」とか「マンションが買え
る」とつい口に出ます。
非喫煙者からすれば、消費税アップ前に煙草の買いだめに急ぐ喫煙者
達の姿は哀れに映るとさえ言います。
各々の価値観は、その人が「今欲しいもの」と「無駄と感じるもの」
のギャップによって瞬時に露呈されるわけです。
マジック道具なんて、興味が無い人から見ればゴミかもしれないし…。
他人様に迷惑をかけない限り、他人の嗜好に口を挟むのは自分の価値
感を押し付けているわけで、野暮なことですね。
では「この世に無駄なものなんてない」というと、どこか精神論めい
てますし、「役に立たないことが楽しい」というと、ノスタルジーに
浸っているかのように情緒めいて聞こえます。
それよりも、単純に「無駄があった方が生活は豊かになって、その豊
かさこそが面白いことを生み出すのではないか」と思うのです。
これこそが無駄の美学…「無駄」は無駄ではないのです。
| 固定リンク
最近のコメント