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2013年10月

サービス業と付加価値

マジシャンという職業をサービス業として捉えた場合、その付加価値につ
いての考察です。
 
プロマジシャンがマジック道具を購入し、その不思議な現象を観客に披露
してギャラを頂戴するのが「サービス業」だとすれば、全く同じ道具を
アマチュアが購入して、友人や家族を相手に無料で演じて悦に入ることは
「消費」です。(同じ道具でも、使用する人の立場や目的で全く別物にな
るわけですね)
 
つまり、企業の従業員が自動車を操作し、引き出した機能を顧客に売れば
サービス業(タクシー)ですが、個人が自ら購入した自動車を操作して得
た機能を享受すれば、それは消費(ドライブ)になることくらいの違いが
あるわけです。
 
逆説的に聞こえるかもしれませんが、良いものづくり企業ならばとっくに
気付いて実践しているように、良いマジシャンは、顧客が最終的に求めて
いるのは「現象」ではなく「質の良いサービス」や「サービス精神」だと
いうことを熟知しているはず…。
そしてこのサービスが、顧客あるいは観客の「人生観」や「世界観」の
本質により深く関わり精神を揺さぶる時、マジックを見せるという仕事は
高い「付加価値」を生み、ステータスやギャラの向上に直結していくので
しょう。
 
話はちょっと逸れますが、先日あるマジックイベントに参加して、注目株
と云われている若手マジシャン達(10〜20代)のクロースアップマジック
を拝見しました。
皆爽やかで好感が持てるのですが、これがトレンドなのでしょうか…何人
ものマジシャンが、一切しゃべらずにBGMを流して、サイレントアクトを
演じていたのです。
古くはバラリノあたりの演技を記憶していますが、日本語が通じる観客を
相手にこのような演出をする理由が私にはよく理解できなかったのです。
カッコいいと思っているのか、言葉によるコミュニケーションが苦手なの
か、国際的なコンテストを見据えて不利にならないように言語の壁を排除
しているのか(多分これかな)…。
いずれにしても、複雑なオイル&ウォーターやコインの移動や変化を終始
無言でBGMのみで演じるのは、観客がマジック愛好家ばかりだから説明抜
きで見せても充分理解してくれるはずという前提なのでしょうが、理解力
と集中力が追いついて行かなかった私にはちょっと…。
 
クロースアップのサイレントアクトが決して悪いわけではありません。
ただステージマジックで散見される言葉が全く要らない直球の現象ならと
もかく、クロースアップの場合はもっと洗練した手順にした上で、強調し
たい場面では随所に説明や確認を入れてもらわないと、観客にとって全て
の現象を理解するのはかなり負担のようでした。
何が起こったのかが伝わっていないのに、ニヤッとされてもねぇ…言葉は
人類だけに与えられた最強のコミュニケーションツールなのに、それを使
わないばっかりに伝わらないなんてもったいないなあと思った次第です。
 
今回のマジシャン達は皆素晴らしいテクニックをマスターした上に、サー
ビス精神が旺盛なのに、それが裏目に出てサービスにならないこともある
わけですから、クロースアップにおいて無言でBGMを流す演出を付加価値
とするのは、ホント難しいと感じます。
 
ところで付加価値といえば、先日の日経新聞に次のような記事が載ってい
ました。
ヤマトホールディングスがクール宅急便を開発する際、専従スタッフ以外
には極秘裏にプロジェクトが進められ、設備などに一気に150億円という
巨額投資に踏み切り、その結果、保冷配達のライバル参入は約10年遅れと
なり、しばらくはヤマトの独壇場が続いたとのこと。
「戦わずに勝つ」…この戦法は、あらゆる商売(マジックを含めて)にも
通じるわけで、新しい付加価値を武器に新しい市場を創ること、全く違う
土俵で勝負することで先行者利益を享受し、独自のイメージを構築しブラ
ンド化することによって、ライバルが参入する気力を削ぎ落としてしまう
ということです。
 
ここまでの大企業の戦略に例える必要はありませんが、マジック業界の約
10年の周期的ブームにおいても、先駆者がつくったブームにちゃっかり
乗っかって現れた二番手以降のマジシャンは大したインパクトは残せてい
ません。(超魔術ブームでもストリートマジックブームでも)
 
あの日本史上最大の宴会であるバブル時代当時、Mr.マリック超魔術ブーム
の下では、全国の多くのマジシャンが「後悔」と「嫉妬」を御神体とする
「あとの祭り」と言うに等しいマジックショーを全国各地で繰り広げて
いました…しかし、これこそが「コロンブスの卵」。
 
マジシャンなら誰もが知っている手法を使い、誰もが持っていた道具で斬新
なショーを創りあげる…それ自体が普通は思いつかない「付加価値の発想」
であり、先に答えが提示されているからこそ後から何とでも言えるし、好き
なように批評できるだけなのですから、その点だけは肝に銘じておかねばな
らないでしょう。
 
なぜなら、それは時として「あのくらい、自分だって同じ事を思いついてい
たさ」という禁断の思想に辿り着いてしまうからです。
 

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