« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月

有り難み

私が海外のマジックコンベンションに参加し始めた1980年代、その広大
なディーラーブース(マジック道具の販売会場)に驚きながら色々な道具
を見て歩いていた時のこと…その昔NHK「世界のマジックショー」で観た
憧れの外国人マジシャンが売り場に立っていました。
慌てて記念写真を撮り、サインをもらって感動に浸っていました。

ところがそのマジシャンが、翌日も翌々日もずっと売り場に立って道具の
販売をしているのです。
そして大会最終日のガラショーに颯爽と登場したのですが、それまでに
毎日長時間、それも物を販売してお金のやり取りをしている生々しい姿を
見てしまっているからでしょうか…なんか感動しないのです。
わざわざ海を渡って、初めて生で観たそのマジシャンの姿がステージ上で
あったならば、感動もひとしおだったかもしれません。

マジックの世界にどっぷりと浸かってコンベンションに参加するうちに、憧れ
のマジシャンが道具を売っている姿は珍しくなくなり、そのような光景はごく
当たり前のように感じて麻痺してくるわけですが、私はなにもマジシャンが
ディーラーをやるべきではないと主張しているわけではありません。
ある程度の名声のあるパフォーマーとしての顔とディーラーを兼ねている
マジシャンであれば、売り場にはアルバイトを雇うなどの工夫をして、なる
べく露出度を減らした方がステージ上の姿に有り難みが増すのではないか
と思うのです。

大物マジシャン(自称でもOK)であればあるほど、その存在感、神秘性、
オーラを維持するためには、絶対に露出度のコントロールが必要ではない
でしょうか。

数年前にジョニー・ハートを見たさにイギリスのコンベンションに参加した
ところ、大会期間中、会場のロビーやディーラーブースのどこを探しても
姿が見えないのです。ようやくその姿を見れたのは、最終日のショーの
ステージでスポットライトを浴びているその時間だけでした。
マニアにちやほやされたくて、用事もないのにウロウロしているマジシャン
とは大違いで、まさに枯渇感を煽られました。
(単に忙しくて出番前に駆け込んで、次の用事のためにさっさと帰っただけ
かもしれませんが…)

例えば、老人が息を切らせて何百段もの石階段を登り、やっと神社の境内
に辿り着いてお賽銭箱にお金を入れ、手を合わせて祈願する、そしてまた
何百段も下って行く…そんな姿を気遣って、お賽銭箱を神社の最寄りの
バス停前に移動させたらどうでしょう?
そこに有り難みがあるでしょうか?
とてもご利益があるとは感じられません。

自らわざわざ苦労して目的地に辿り着き、稀少な体験をして満足する…
有り難みってそんなものだし、エンターティナーとしてのマジシャンが自ら
のイメージを構築していく際にも重要なファクターです。


.


|

王 道

台風4号に追っかけられながらも揺れることなく無事にクルーズショー
から帰って来ました。
夏休みということもあり、家族連れや年配のご夫婦等、まさに老若男女
500名超の参加者で盛況でした。

今回のクルーズは、かなり前から決定していた仕事なので、充分な構成
期間もあり、客層やレパートリーを見つめ直して、いわゆる「王道」を
演じるように心掛けました。
(クロースアップショー60分×1回、ステージショー45分×2回)
王道とは言っても、あくまでも私の中の基準であり、他のマジシャンから
見れば邪道かもしれませんが…。
現在よく目にするステージショーの王道は、ボールアラマ、フローティング
テーブル、ドライカップ、スノー…確かに優れたマジックなのですが、正直、
ショーを見慣れた観客やステージクルーにしてみれば、誰が来ても似たような
出し物というのは少々うんざりといったところではないでしょうか。

かつて何度か演じた空間なので、構成する際にはっきりとイメージできた
せいか、現時点では理想通りのショーをやれたのではないかと思っています。
(鳥達もその役割をパーフェクトにこなしてくれました)
とにかく色々と勉強になったり、確信を得たりと有意義なクルーズでした。

多くのマジシャンが経験していることと思いますが、奇をてらった演出を
したばっかりに、はずす…ということがよくあるものです。
一般客に対して、ある程度過大に自分なりの考えを理解してくれると期待
していると大きな間違いなわけで…。特に言葉を用いないサイレントアクト
の場合は、普通に理解しやすいストレートな現象でないと、観客に過剰な
負担とストレスを強いることになってしまいます。

私も過去、様々な出し物や演出を試みてきましたが、今後はもう肩に力を
入れずに普通にやってみようかなと…普通にやることで実力がばれるし、
もう実力がばれてもいいかなと…。

一般人から見れば、「マジシャン」という一括りの職業かもしれませんが、
その生き方や考え方は十人十色です。
どんなに過去のコンテストの実績をひけらかそうが、どんなにコンベンション
のゲストに招かれようが、やはり実戦の場において圧倒的に支持されて、
納得のいく報酬を受け取って、一定水準以上の余裕のある生活ができて
いなければ、一般人から見る限りプロとして成功しているとは言えないの
ではないでしょうか。「世界的な云々…」とアピールしても、それこそ一般人
にとってはマニアだけの特殊な世界であり、決して王道とは言えません。
特殊な世界のみで認められて満足している者ほど、実際の生活には窮して
いる場合も多く、マジシャンという職業のステータスを上げることに貢献して
いるとはとても思えません。

王道を軽視することなく、それをやった上で独自の演出を加味したり、他に
考えなければならないことがたくさんあるわけですよ、やっぱり。

いざ自分が客の立場になったら、レストランのシェフにはマニアックな変な
料理よりも旨い料理を望んでしまうし、人生の最後には、奇をてらった名前
も知らない料理よりも、王道を一口でも食べられたら幸せなはずですから。

|

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »