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進歩すること

医学の世界ではその著しい進歩によって、それまでは常識だと思われて
いたことがひっくり返るのは珍しくはありません。

医学や科学技術と同様に、個人の物事に対する考え方も時間の経過や
環境の変化によって変更されることは決しておかしなことではありません
が、それでも一度表明してしまった意見を自ら覆すのは抵抗があるもの
です。(政治家の公約破りはもう当たり前ですが…)

恥ずかしながら私自身にも心当たりは数知れず…自分のアドバイス通りに
やっている後輩を否定してしまったり、以前と全く違う方法が正解だと
主張したり…言われる側は戸惑うばかりで、さぞ迷惑なことでしょう。
しかし、決して悪気はないのです。
その時はこれがベストだと感じたからこそ、よかれと思ってのアドバイス
なのですが…。

思い返せば、マリック氏自身が本人の芸を自己分析する内容や、私の芸
に対するアドバイスもよく変わっていました。
熟考すると、明らかに新しいアドバイスに従った方が正解だったようです。
これはその考え方が豹変したのではなく、時代に合わせて進歩している
ことに他なりません。

以前マリック氏が私の自宅に来られた時に、「久しぶりにあなたの演技の
映像を見せてよ」とリクエストされ、ゴソゴソと探していると、「あのね、
出来の良い演技の映像を見せたくなる気持ちは解るけど、一番最近の映像
を自信を持って見せられるようでなくては進歩がないということだよ」
と言われてしまいました。

確かにこの一言によって、常に「現在がベストであるべき」というある意味
強烈な意識が植え付けられて、その後のマジシャン人生にとっての大切な
指針ができました。

一方マジックというのは、科学技術のように割り切れるものではなく、観客
の感性に訴えかけて認められる芸能の一つであるという側面がある以上、
一概に進歩さえしてれば良いというものではないという考え方もあります。
人々の心の琴線に触れるような名人芸や名曲は「このまま変わってほしく
ない」と思われて当然です。
紅白歌合戦でも、新曲を歌うアーティストがいる一方、毎年同じ歌を歌う
大御所が重宝されるのも無理からぬことです。

ある週刊誌で読んだ、コラムニスト・小田島隆氏の一文を紹介します。

「栄光が未来ではなく過去にある場合、光は前向きに歩く人間よりも、
後ろを振り返る人間に降り注ぐことになっている。それはそれで悪いこと
ではない。音楽は多くの人々にとって青春の代名詞だ。
とすれば、中高年に属する人間が、中高年のための新しい音楽よりも、
自分が若かった頃の古い音楽により高い価値を見出すことは、恥ずべき
ことではない」

私も中高年の一人ですが、まだまだ進歩したい反面「あの演技だけはずっと
続けてほしい」と言われる「アクト」を持つことができたならば、まさに
マジシャン冥利に尽きますね。


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