環境に染まる
マジシャンが演じる環境は様々です。
ホテルの宴会場、劇場、バーやクラブ、テレビスタジオ…。
観客の層も男性ばかりだったり、家族連れが中心だったり…。
それぞれの環境に適応した演目を、的確に選抜して演じることができる
かどうかがプロフェッショナルとしての力量が問われるところです。
ところが自分がやりたい演目に限って、環境にかなりの制限を必要と
することが多いものです。(クロースアップでもステージでも)
私の20代の頃、最もやりたいのはダブアクトだったのですが、コンテスト
用に作った手順のままでは、とても屋外のお祭りのステージでは演じられ
ませんでした。(当時の私の仕事場は、お祭りや周囲を囲まれた屋外の
イベントステージがほとんどでした)
角度には弱いし、鳩は飛んで逃げるおそれはあるし、何より真夏の屋外
ステージでは鳩の生命の危険があります。従って、角度に強い道具を
使って楽な演技へと流されて行きます。(いわゆる営業ズレです)
ここを読んでおられる営業プロの方々ならば、次のようなことを感じたこと
があるのではないでしょうか。
「やりたいマジックは色々あるんだけど、今の自分の仕事場は環境が良く
ないからできないよなあ」
「これ良いマジックなんだけど、今の営業環境でやる機会はほとんどない
なあ」…その良くない環境から抜け出したいのに、カバンの中は環境に
合わせた道具ばかりが増えていく…。
私も若かりし頃、限られた予算でイリュージョンを調達する際に、本当は
やりたいイリュージョンがあるのに、結局はどこでも演じられるバスケット
やブルームサスペンションあたりに落ち着いてしまったり、クロースアップ
では、真面目なカードマジックを演じて酔客に絡まれるのを嫌って、一発
ギャグのマジックにばかり逃げている時代もありました。
気が付くと「どっぷりと環境に染まった自分」がそこにいました。
そこから抜け出そうと思うのならば、「自分が理想とする演技」を作って
から、劇場やテレビのオファーを虎視眈々と窺うしかありません。
チャンスが訪れてから作り始めては間に合いません。
私の大型鳥を使った演技も、鳥を飛ばしたり火気を使用したりと環境が
制限されるために、営業的側面から見ればかなりのハンデがあるので
演じる機会があるのだろうかと危惧していましたが、あえてリクエストする
クライアントも多いものですし、有り難いことにその演技が可能な環境を
わざわざ用意してもらえる場合もあります。
かなり昔の話ですが、地方のお祭りを主な仕事場としているマジシャンが
「劇場のような良い環境を与えられれば、僕も色々と構想があるんですよ」
と言ったことがありました。ほどなくそのマジシャンと劇場で共演する機会
がありましたが…お祭りと全く同じ演技でした。
結局は、しばらくは演じる機会がないことを覚悟してでも演技を作ってしま
わないと、構想だけで終わってしまいます。
ある若手マジシャンが「僕は、自分のショーの背景がエスカレーターという
ショッピングセンターのイベントステージに立つような二流マジシャンにだけ
はなりたくありませんね」と豪語しました。
このゴールデンウィークのことです。
某ショッピングセンターのイベント広告で、彼の自信に満ちた表情の写真
を見かけました…この複雑な気持ちはなんだろう。
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