出演記録ノート
プロ活動をスタートさせた頃の私は、どうやってレパートリーを増やして
いくかで悩んでいました。アマチュアの頃は何よりも自分自身が楽しむ
のが第一義で、演じる機会があること自体が嬉しくて次から次に新しい
出し物を演じようとしていたものです。
しかしプロになると「ハズせない」という呪縛が襲いかかります。
自分の好きな出し物でもグッと我慢して、観客の理解と拍手がしやすい
平凡な出し物を演じていました。
マジック愛好家の方々には、自分の好きな出し物が必ずしも観客にウケ
るわけではないというジレンマは理解して頂けることでしょう。
新しいレパートリーを増やそうとしても、ハズして仕事を失うのが怖くて
結局過去にウケた実績のある出し物に落ち着いてしまうのです。
1992年5月、あるホテルの一室でマリック氏に相談しました。
当時のマリック氏は大型特番を立て続けに製作しており、同じ出し物は
演じられない、確実に視聴率を獲らなければならないという高いハードル
をクリアしていました。
そんな修羅場をかいくぐってきたマリック氏のアドバイスは、たった一つ
…「出演記録を書いたらいいよ。」
「はぁ?」意味が分かりませんでしたが、とりあえず始めてみました。
ショーが終わったらどんなに疲れていても、記憶が鮮明なその日のうちに
書き留めるのです。当時はバーでクロースアップのレギュラー出演もして
いたので、帰宅後に書いていると朝になることもしょっちゅうでした。
記録内容は出演日時、場所、ギャラ、ステージ環境、客層、全ての演目
とそれに対する客の反応、失敗したらその原因も詳しく検証します。
練習不足やセットミスなのか? 仕掛けの故障なのか?
上手くいったはずなのにウケなかったのは何故なのかも検証します。
出し物が自分のキャラクターに合っていないのか? それとも根本的な
戦略と戦術のミスなのか?…そして解決策を書き留めて、次の機会に
再挑戦する。そうしているうちに、ウケなかった場合でも自分の努力不足を
糊塗して客のせいにすることもなくなるし、もう趣味でやっているのでは
ないんだという自覚と責任感が育ちます。
記録を書き始めると、様々なマジックに挑戦したくなります。
同じマジックばかり演じていると、演目の覧に「前と同じ」と書くだけで、
記録する意味を感じなくなるのと同時に、道具も車に積みっぱなしという
怠惰なマジシャンになってしまうのではないかという恐怖感すら覚えるよう
になります。
もちろん同じマジックを繰り返し演じることで円熟し、名人芸と云われる
までになることもありますが、そのためにも記録して検証することが重要
です。すでに完成していると自信を持っているマジックでも、ほんの少しの
「間」や「セリフの言い回し」等の変更だけで劇的にウケるようになったり
出し物の順番を入れ替えてみただけでスッキリした構成になることも多々
あるからです。そういうことを書き留めていくわけです。
今日の成功が明日も通用するとは限りません。
書き始めて数年経った頃、マリック氏の言葉を思い出しました。
「以前の記録を見直して、いまだに同じ出し物で同じ反省をしているよう
なら、そこには何の進歩も無かったということだからね。」
こうして書き始めた出演記録ノートも18年目に入ろうとしています。
おかげでレパートリーの幅が広がっただけではなく、見直すと忘れかけて
いたマジックを思い出して、当時とは違う今の感性で再び演じてみようと
いう気にもさせてくれます。数年前に出演したパーティーの主催者から
久しぶりに依頼があった際にも、前回は何を演じたのかは一目瞭然です。
この夏に製作した新しいバードマジックもようやく演出とBGMが決まり、
練習も終了しました。愛媛県松山市での今年最後のステージでお披露目
です。バッチリウケたとノートに書きたいものです。
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