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夢って?

つい先日「プロマジシャンになるのが夢なんです。できたら弟子に…」と
言う20歳の大学生と出会いました。年に数回こんな機会はあるのですが、
このような若者に対して、私が常に苦言を呈するのは、簡単にプロ宣言
できてしまうマジシャンになるのに「夢」なんて大それた単語を使うべき
ではないということ。それならば、現存するプロマジシャンは全員が夢を
実現したことになってしまいます。果たして全てのプロマジシャンが、夢が
叶ったと満足して生活しているでしょうか。
決してそんなはずはありません。あてにしていたレギュラー出演の店から
リストラされたり、そもそも店自体が潰れたり、営業本数が激減したり、
実は苦しいくせにアマチュアの視線からはそう見えないように見栄を張る
プロがいるために、勘違いする若者が現れるのもいたしかたない現実なの
かもしれません。
重要なのは「どんなプロマジシャンになるのか」であって、その目的地を
あらかじめ設定して、人生の時間配分を計算しながら、ほぼ定刻に到着
した時に、はじめて「夢が叶った」と認識すべきものではないでしょうか。

飛行機に例えるならば、プロマジシャンになること自体は目的地ではなく、
単に離陸しただけのことです。とりあえずプロになっちゃえという考え方は
機体の整備も不十分で、燃料タンクはからっぽの状態で離陸するという
恐ろしい状態なわけで、結局は誰かから空中給油をしてもらわなければ
墜落してしまうような人生になりかねません。
もっと恐ろしいのは、空中給油しようにもタンクどころかエンジンすら付い
ていない、単にブームという風に乗って飛び立ったグライダーだったことに
本人が気付く瞬間です。
アマチュアの間にしっかりと機体整備(研究や練習)をして、充分な燃料
(レパートリー)を確保して、できれば予備の燃料(貯金)を積んで飛び
立ちましょう。

あくまでも私の持論ですが、若い頃に身体的ピークがあるアスリートなら
いざしらず、慌ててプロマジシャンになる必要があるのでしょうか。
好きなことで食べて行きたい…そりゃ誰だってそうでしょう。
求職者があふれているこの厳しいご時世に、若くしてそんな贅沢を言う者
は、裏を返せば嫌いなことはしたくないという証拠であり、何事も長続き
できるとは思えません。(残念ながら、世の中にマジシャンという職業が
あるからこそ、こんないい加減な人でも生きていけるんだなあと思ったこと
が何度かあります。)

マジックさえできれば即プロになれると思いがちな若者が多いわけですが、
マジシャンとしてウケて生計を立てるというのは、人間的総合力が不可欠
ですから、一般的な職業を体験し、ある程度の社会的常識を身に付けたり、
造詣を深めてからプロになった方が絶対に得だと思います。
自分に向いている安定した職業に就いたとして、それを辞めてまでもやはり
プロになる強い意志と度胸が自分にあるかどうかは、複数の選択肢がある
時でないと自覚できません。プロになる決断をした者と、マジシャンになる
しかなかった者とは、天と地の開きがあります。「決断」というのは何かを
「決める」ことと同時に何かを「断つ」ことに他なりません。

私自身も学生時代からステージに立って報酬を頂くという、セミプロあるいは
パートタイムプロという立場を長年続けていたわけですが、現在でも特にプロ
活動によって収入を得る必要のない生業を持つ多くのアマチュアが、「趣味」
の域に留まらず「プロ活動」をしてしまいがちなのは何故なのでしょう?
作家の村上龍氏の以下の文章を読んだ時に、長年の疑問が解明しました。

「趣味」の世界には心を震わせ、精神をエクスパンドするような失望も歓喜も
興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った
作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。つまりそれは
我々の「仕事」の中にしかない。

これを読むと「趣味」では飽き足らずに「仕事」にしてしまう心理には深く
共感するところです。冒頭の大学生の「夢」というのも理解できる気もします
が、私としては、他人様の人生に変な影響を与えぬように、これ以上の意見を
するのは自制すべきでしょう。

そもそも「夢」を持つか持たないのかすら本人の自由なのです。
幼少の頃は「夢を持て!」と励まされて、大人になると「夢なんか見るな!」
と叱られるんですから…ホント、他人は勝手です。

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