世相とマジック
職業プロであるならば、代表芸とまではいかなくても、確実にウケを狙
える演目(テッパンネタというのでしょうか)があるに越したことはあり
ません。
私のレパートリーの中では「ギロチン」がその一つです。(あくまで自己
評価ですが)長い年月をかけて演出やセリフや間を練り上げ、はずさない
観客を選ぶ洞察力も研ぎすました自信の演目なのですが、その強烈なイン
パクトのせいか世相に翻弄されて、過去何度も演技を封印せざる得ない
事がありました。
最初の封印の原因は、世間を震撼させた1997年の神戸連続児童
殺傷事件でした。当時14歳の少年が幼児の首を切断するという凄惨
な事件のインパクトは想像を絶するもので、ギロチンはおろか切断系
イリュージョンは全てNGという状況が1年以上続きました。
(間の悪いことに私は事件の当日、ニュースを知らずにギロチンを演じ
て、観客にドン引きされた苦い経験があります。)
2004〜2005年にかけては、イラク戦争において、アルカイダに
捕われた人質の首が切断されるという事件が何度も報道され、ネット上
でその映像が公開される状況でした。
丁度その時期、私はTBSの深夜番組で、お笑いのロンドンブーツと一緒
にギロチンを演じたのですが、放送日の前日に人質が殺害され、放送
翌日のスポーツ新聞には不謹慎だと書き立てられました。
(収録は当然事件の前だったので、まさに不運でした。)
ある時、この手の話題でMr.マリック氏とお茶しながら話した際に、氏が
ボソッと言いました。「我々は一般人には出来ない現象を起こしてるはず
なのに、刺したり切ったりは一般人がリアルにやっちゃう世相だもんなあ。
だから我々は、自暴自棄になった一般人が逆立ちしても出来ない物体貫通
や浮揚などの夢のある現象を追求するべきなんだろうなあ。刺したり切った
りはもう古いし、夢が無いよ。」…ごもっとも。でも刺したり切ったりが
好きな私は、今しばらくは止められそうにありません。
昨年も秋葉原の事件を始め凄惨な事件が頻発しましたが、2009年は
そのような事件が起こらないことを祈るばかりです。マジシャンが明るく
楽しく堂々と刺したり切ったりのイリュージョンを演じられる世相こそが
平和である証なのかも知れません。
そういえば、オウム真理教が世間を騒がせていた頃、エージェントから
言われた事があります。「オウムはイメージが悪いので、今日のショー
では出さないで下さい。」…あんまりだ。
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