Dr.ZUMA TV出演のお知らせ
日本テレビ 「行列のできる法律相談所」
2009年7月19日(日) 21:00〜21:54
※今回も三志郎&YOKOにバックステージを支えてもらいました。
両氏に感謝です。それと北村弁護士…グッジョブでした!
.
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日本テレビ 「行列のできる法律相談所」
2009年7月19日(日) 21:00〜21:54
※今回も三志郎&YOKOにバックステージを支えてもらいました。
両氏に感謝です。それと北村弁護士…グッジョブでした!
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つい先日「プロマジシャンになるのが夢なんです。できたら弟子に…」と
言う20歳の大学生と出会いました。年に数回こんな機会はあるのですが、
このような若者に対して、私が常に苦言を呈するのは、簡単にプロ宣言
できてしまうマジシャンになるのに「夢」なんて大それた単語を使うべき
ではないということ。それならば、現存するプロマジシャンは全員が夢を
実現したことになってしまいます。果たして全てのプロマジシャンが、夢が
叶ったと満足して生活しているでしょうか。
決してそんなはずはありません。あてにしていたレギュラー出演の店から
リストラされたり、そもそも店自体が潰れたり、営業本数が激減したり、
実は苦しいくせにアマチュアの視線からはそう見えないように見栄を張る
プロがいるために、勘違いする若者が現れるのもいたしかたない現実なの
かもしれません。
重要なのは「どんなプロマジシャンになるのか」であって、その目的地を
あらかじめ設定して、人生の時間配分を計算しながら、ほぼ定刻に到着
した時に、はじめて「夢が叶った」と認識すべきものではないでしょうか。
飛行機に例えるならば、プロマジシャンになること自体は目的地ではなく、
単に離陸しただけのことです。とりあえずプロになっちゃえという考え方は
機体の整備も不十分で、燃料タンクはからっぽの状態で離陸するという
恐ろしい状態なわけで、結局は誰かから空中給油をしてもらわなければ
墜落してしまうような人生になりかねません。
もっと恐ろしいのは、空中給油しようにもタンクどころかエンジンすら付い
ていない、単にブームという風に乗って飛び立ったグライダーだったことに
本人が気付く瞬間です。
アマチュアの間にしっかりと機体整備(研究や練習)をして、充分な燃料
(レパートリー)を確保して、できれば予備の燃料(貯金)を積んで飛び
立ちましょう。
あくまでも私の持論ですが、若い頃に身体的ピークがあるアスリートなら
いざしらず、慌ててプロマジシャンになる必要があるのでしょうか。
好きなことで食べて行きたい…そりゃ誰だってそうでしょう。
求職者があふれているこの厳しいご時世に、若くしてそんな贅沢を言う者
は、裏を返せば嫌いなことはしたくないという証拠であり、何事も長続き
できるとは思えません。(残念ながら、世の中にマジシャンという職業が
あるからこそ、こんないい加減な人でも生きていけるんだなあと思ったこと
が何度かあります。)
マジックさえできれば即プロになれると思いがちな若者が多いわけですが、
マジシャンとしてウケて生計を立てるというのは、人間的総合力が不可欠
ですから、一般的な職業を体験し、ある程度の社会的常識を身に付けたり、
造詣を深めてからプロになった方が絶対に得だと思います。
自分に向いている安定した職業に就いたとして、それを辞めてまでもやはり
プロになる強い意志と度胸が自分にあるかどうかは、複数の選択肢がある
時でないと自覚できません。プロになる決断をした者と、マジシャンになる
しかなかった者とは、天と地の開きがあります。「決断」というのは何かを
「決める」ことと同時に何かを「断つ」ことに他なりません。
私自身も学生時代からステージに立って報酬を頂くという、セミプロあるいは
パートタイムプロという立場を長年続けていたわけですが、現在でも特にプロ
活動によって収入を得る必要のない生業を持つ多くのアマチュアが、「趣味」
の域に留まらず「プロ活動」をしてしまいがちなのは何故なのでしょう?
作家の村上龍氏の以下の文章を読んだ時に、長年の疑問が解明しました。
「趣味」の世界には心を震わせ、精神をエクスパンドするような失望も歓喜も
興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコストとリスクと危機感を伴った
作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。つまりそれは
我々の「仕事」の中にしかない。
これを読むと「趣味」では飽き足らずに「仕事」にしてしまう心理には深く
共感するところです。冒頭の大学生の「夢」というのも理解できる気もします
が、私としては、他人様の人生に変な影響を与えぬように、これ以上の意見を
するのは自制すべきでしょう。
そもそも「夢」を持つか持たないのかすら本人の自由なのです。
幼少の頃は「夢を持て!」と励まされて、大人になると「夢なんか見るな!」
と叱られるんですから…ホント、他人は勝手です。
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さて、タイハクオウムとベニコンゴウインコを飼い始めたわけですが、2羽
とも何歳か分からない成鳥で、ほとんど慣れることもなく、出現させるだけ
で精一杯でした。
試行錯誤で仕掛けを作り、噛み付かれないように格闘しながら仕掛けの中に
セットします。ストップウォッチで何分おとなしくしているかを測りながら
その強力な嘴で破壊することはないか、呼吸は大丈夫か、暴れたり絶叫した
りしないかを慎重に観察する日々が続きます。
大型鳥は鳩出しのクライマックスに出現…ということは出番の5分前には
セットして、10分のアクトであれば15分もおとなしく隠れていなくては
なりません。特にハーネスの場合は、ヘトヘトの状態で出ても困るからと
楽な仕掛けでは脱出するし、がっちりと固定すればスピーディーな出現は
望めないし、何より生命の危険があります。
飼ったことがない人には理解できないほど賢い鳥達なので、その仕掛けを
見ただけで、鳥かごから出て来るのを拒絶することにも悩まされました。
(本番直前に鳥のセットに手間取って、出番が遅れたこともありました。)
それまで鳩のエキスパートと自負していた知識がほとんど役に立たないこと
を思い知らされて、プライドがズタズタになるほどでした。
乗り物に例えましょう。
鳩が自転車ならば孔雀鳩はバイク、大型のインコやオウムは乗用車やダンプ
のような感覚です。自転車に乗れてもダンプを自在に運転できるとは限りま
せん。そんなこんなで、この年から約20年にも及ぶ大型鳥とのマジック人生
がスタートしたのです。
1991年、プロ転向のため大学病院を辞めました。信じられないかもしれ
ませんが、当時の研修医の月収は手取りで3万円程度でした。
(当時、本当に信じてもらえなくて、ちょっと高価な道具や衣装等を買うと
どうせ医者で儲かっているんでしょと皮肉を言われたものです。)
それでは生活できないから、若い医師は当直のアルバイトをするのです。
私の場合は、週末には必ずといっていいほど条件の良いマジックの仕事が
入っていたし、月に1〜2回はリゾートホテルのレギュラー出演があった
ので、同期の医師よりは金銭的には恵まれていた方でした。
大学病院時代の給与は一度も引き出したことがなかったので、退職後に
いくら貯まっているかと確認してみると…約90万円でした。
これを全額引き出して、この年のFISMスイス・ローザンヌ大会に参加する
ことにしました。もちろん出演が目的ではありません。今後のプロ活動の
ための知識の吸収と、必要な道具の調達のためでした。
この大会にはヨーロッパを代表するフランス人バードマジシャンのアルファ
が出演していたのも収穫でした。彼はずんぐりむっくりの体型で、決して
二枚目ではありませんが、ファイヤーを交えたそのダイナミックな演出や、
出現する鳥の数では他の追随を許さない独壇場の魅力があります。
少しだけ彼と話す機会がありましたが(彼はフランス語しか話せないので
、ほとんど身振り手振りでしたが…)、私が興味があったのは、彼独自の
仕掛けとかではなく、これだけの大量の鳥をどのように運んでいるのかで
した。見せてもらったのですが、駅のコインロッカーのように積み重なった
鳥かご(一体型)の底にキャスターが付いており、小さなアパートがその
まま移動している感じです。これを天井の高いワンボックスカーに積んで
移動しているとのことでした。ふと彼の手を見ると、鳥の爪による引っ掻き
傷だらけで、バードマジシャンとしての歴史を感じました。
翌1992年、アメリカでジョセフに匹敵するバードマジシャンを目撃します
…つづく。
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プロマジシャンならば、その努力の結果や評価はギャラに反映されること
によってある意味報われますが、会社の宴会や結婚式の余興では満足でき
なくなったアマチュアはどこでエネルギーを発散すればいいのでしょう。
そんなアマチュアにとってのコンテスト挑戦とは、自分の努力が客観的に
評価される絶好の機会です。受賞の肩書きを手に入れてプロになろうと
するアマチュアもいれば、賞の実績をアピールして良い仕事のオファーを
得ようとするプロなど、思惑は様々です。
マリック氏の言葉を思い出します。
「コンベンションでウケたいマジシャンは、できるかできないかにこだわり、
世間に眼を向けているプロは、不思議かどうかにこだわるんだよ。」
この考察を読んでいる方が、ある程度のマニアやプロならば、氏の言葉の
意味はよく理解できることでしょう。コンベンションの客席はマニアやプロ
ばかりなのですから、不思議さをアピールするよりも客席の同業者が絶対
できない唸るような難しい技を見せた方がウケるわけです。(ジャグラー
の世界に近いかも知れません。)
私もアマチュア時代はお金のために頑張っていたわけではなかったので、
パーティーに招かれて小遣いのような謝礼をもらうよりも、マニアに認めら
る方が嬉しかったわけです。それゆえ1988年FISMオランダ・ハーグ大会
には出演したかったのですが、医師国家試験を半年後に控えての挑戦は無理
があるとして断念しました。
人生の岐路のタイミングが悪かったと思えばそれでいいのです。
例えば、4年に一度のオリンピックに身体のピークが合わなかったり、怪我
をしたアスリートの悔しさとは比較にもならないと思うからです。
ただ、どうしても我慢できずに観客としては参加してしまいましたが…。
観に行っただけでも良かったなと思えたのは、あのミッチ・ウイリアムスが
完璧なダブアクトを演じたにも関らず入賞できなかったのならば、私など
ではとても無理だと納得できたことです。やはりランス・バートン以降の
ダブアクターに対するハードルは高くなっているなあと実感しました。
1989年、無事に医師国家試験に合格し、最も慌ただしい数年間が始まり
ました。研修医としての激務をこなしながらも細々とマジックの練習や鳩の
調教は続けていましたが、世は空前のMr.マリック超魔術ブームのせいか、
先輩や同僚の結婚式で鳩出しを演じる機会がある以外は、要求されるのは
スプーン曲げなどのサイキック現象がほとんどという時代でした。
その後、ようやく一戸建てに引っ越す時が訪れました。
これで大型のインコやオウムが飼える…しかし、事はなかなか上手く運び
ません。当時は簡単に理想の大型鳥が見つかる状況ではないのです。
ワシントン条約で輸出入が厳しく規制されている上、国内にはブリーダーが
ほとんどいない時代で、慣れる可能性のある幼鳥を待っていても入手できる
保証は無く、その時にペットショップにいる鳥を買うしか選択肢はありません
でした。しかも希少価値があったので、慣れていなくても高額でした。
そしてついに、慣れていないタイハクオウムとベニコンゴウインコを飼うこと
になりました…つづく。
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世界屈指のマニピュレーターであり、現在TV放映中のコマーシャル
「パチンコ CR石川さゆり」で話題のマジック界のプリンス・内田貴光
が、フィネスマジシャンズクラブの発表会にゲスト出演します。
ショービジネスの世界に軸足を置く彼が、発表会のゲストとして出演
することはめったにありませんが、今回私からの依頼を快諾してくれ
ました。世界を舞台に磨き上げられたテクニックをお見逃し無く!
フィネスマジシャンズクラブ 第19回発表会
アクロス福岡 円形ホール
2009年7月5日(日)
12:30 開場
13:00 開演
入場無料
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1987年秋、第6回エキサイティングマジックコンテストにチャレンジ
することになりました。
この大会はMr.マリック氏の主催で、1977年の第1回以降、1年おきの
ペースで開催され、多くのプロを輩出してきましたが、1988年頃から
テレビでマリック氏がブレイクし始め、マニアの世界からは距離をおいて
タレント活動に忙殺されるようになったために最後となったこの回に、なん
とか間に合いました。
アメリカでの失敗を省みた私は、毛花等のリアリティーの無い素材を手順
から排除し、鳩とファイヤーを軸に、よりシリアスなアクトの完成に没頭
しました。BGMも、より荘厳な曲に変更しました。
しかし、医学部の5年生のカリキュラムは病院実習もあり、超多忙な生活
を送っていました。毎晩11時過ぎの帰宅後、夜中2〜3時まで練習と鳩
の調教、朝7時には大学病院といった日々です。(夜中にゴトゴトと歩き
回ったり、BGMを流して練習していたために、さすがに階下の住人から
苦情が来ました。)
今回のアクトのコンセプトは「変化」でした。つまり、「鳩出し」ではなく
「鳩への変化」です。具体的には次のような現象です。
・スタンドにかかったスカーフが鳥かごに変化
・手袋を投げると鳩に変化
・小さなシルクがセキセイインコに変化
・セキセイインコを投げると鳩に変化
・白いボールが鳩に変化
・ファイヤートーチが孔雀鳩に変化
・孔雀鳩がスカーフに変化
これらの現象の間に、フィクルファイヤーやカードをアクセントで入れる
構成にしました。クライマックスの孔雀鳩打ち消しは、鳩が大きいだけに
かなりの練習が必要でしたが、私が演じてきた感覚では銀鳩の2羽消しの
方が難しい気がします。
結果はなんとか優勝することが出来た上に、年末には1988年のお正月
に放送されるTBS「スーパーマジックショー」の収録、さらにはこの演技が
全日空のスカイビジョンで放映されることになりました。
(ホームページの動画「1988年ダブアクト」を参照)
ところが、この優勝を最後に学業に戻る決意をしていた私に悪魔の囁き…
1988年FISMオランダ・ハーグ大会コンテスト出演の話が…。
翌年の春には医師国家試験が控えており、同級生達は皆試験モードに
入っています。もうマジックに時間をさく余裕は無くなっていました。
しかし研修医として大学病院に勤務すれば、もうこの先何年も海外の
コンベンションに参加することは不可能になるでしょう。
さあ、どうしよう…つづく。
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昨年ロケに参加し、私がほんの少しだけバーテンダー役で出演した映画
「三十九枚の年賀状」が、6月20日(土)からシネマート六本木にて公開
されます。よろしかったら観てあげて下さい。
詳しくはここをクリック。
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1986年アメリカから帰国すると、仕事としての出演依頼がポツリポツリ
と舞い込むようになりました。特に売り込んだわけではなかったのですが、
知人の結婚披露宴や大学の教授から依頼された学会の懇親会等で演じて
いるうちに、次第に芸能プロダクションやホテルの担当者に知られるように
なったものと思われます。
しかし、仕事の依頼は30分程度のショーがほとんどです。
ずっとコンテストを対象に作ってきた演技時間は、10分にも届きません。
不慣れなトークマジックや、それまでは興味すらなかったタイプのマジック
にも手を付けなければ30分はもちません。それゆえオープニングに鳩を
演じた後は尻すぼみなっていく始末。お客様に楽しんで頂こうという余裕
は無く、なんとか30分もたせようという後ろ向きなショーばかりしていた
ような気がします。それでも世の中はバブルに向かっていたこともあり、
出演依頼は増える一方で、家庭教師のアルバイトをしていた同級生とは
比較にならないほどの収入を得る月もありました。
こういう時に注意しなければならないのは「営業ズレ」です。
楽して稼げればそれでいいと思うと、鳩の調教もおろそかになり、失敗
するよりはマシとばかりにお手軽な方法を選ぶようになります。
炎天下の屋外ステージ等の厳しい環境でない限りは、流されないように
自分で納得できる鳩出しをやるように心がけていました。
まだまだやりたいことがあったので、このままズルズルと営業マジシャン
になるわけにはいかなかったのです。お金が絡んで、営業でウケることが
最優先の生き方に慣れてしまうと、こだわりの演技のために心のエンジン
をかけてモチベーションを高めるには、かなりのエネルギーを要します。
学生セミプロマジシャンとしてある程度のお金が貯まると、またムクムク
と病気が頭をもたげます…オウムを飼いたい…しかし、以前にオウム
(キバタン)で懲りている私が、その代わりに飼ったのは…ふくろう。
大きさもオウムとほぼ同じで、たまにホ〜と鳴く程度なので集合住宅でも
問題ありませんでした。思ったほど凶暴ではなく(慣れていない大型の
インコやオウムの方がよほど危険です。)、扱いやすかったのですが、
なにしろ肉食の猛禽類なのでエサが大変でした。毎日生肉を食べさせ、
たまに大学の薬理学教室から実験で余ったマウスをもらってくることも
ありました。アクトのクライマックスで出現させたりしていたのですが、
全身が茶系の保護色なので、インコやオウムと比較すると鮮やかさや
高級感で劣るのは否めません。しかし、大型鳥のハーネスを研究する
機会ができたことは決して無駄ではありませんでした。
その後、大きさではふくろうには劣るものの、扱いやすい孔雀鳩を2羽
手に入れて次のステップへと進んで行くことになります。(孔雀鳩は
一般的にマジックで使用される銀鳩の2〜3倍の大きさで、尾羽根が
孔雀のように広がっています。)
孔雀鳩といえば、絶対に触れておかねばならないマジシャンがいます…
ダーク・アーサー。 初めて見たのは1981年PCAMロサンゼルス大会
の模様がNHKで放送された時です。
色鮮やかに染められた孔雀鳩を、ベアハンドで立て続けに4羽出現させ、
コーン状に丸めたスティール板から溢れるように10羽以上出現させた
のです。さらにセキセイインコ、チャボ、アヒルと続き、アヒルが巨大な
ダチョウに変化するという、とんでもなくパワフルなバードアクトでした。
その後はテレビやコンベンションでも見かけることはなかったのですが、
1995年バハマのホテルで出演しているとの情報が入ったので、すぐに
バハマまで飛びました。(福岡→関空→ロサンゼルス→シカゴ→マイアミ
→バハマと乗り継いで、36時間もかかってしまいました。)
初めて見てから14年が経ち、その演技内容は虎やヘリコプターを出現
させるなど、すっかりイリュージョニストに変貌していましたが、コーン
からの孔雀鳩の出現は演じ続けていたので嬉しかった記憶があります。
現在はラスベガスのトロピカーナホテルに出演中です。
1986年末、孔雀鳩を手に入れた私は、翌年のコンテストに向けて
新たなアクトを作り始めました…つづく。
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航空機の中で乗客の容体が悪くなり、「お客様でお医者様はいらっしゃい
ませんか?」と機内アナウンスが流れるシーンをドラマ等で観たことがある
でしょう。(私は実際にこのような場面に、過去4度も遭遇しました。)
この場合は○○科とかの専門性は関係無く、「医者」という一括りで認識
されているわけです。
マジックの世界においては、「クロースアップ」や「イリュージョン」等
の単語の認知度が以前よりは高まったとはいえ、まだまだ一般に広く認識
されているわけではありません。
銀座のクラブでテーブルホッピングの仕事をしていた頃、酔客から時々
「今パッと鳩出せる?」とか「この女のコを浮かせてよ」などと言われた
ものです。これも客サイドにはクロースアップやステージ等の分類という
ものは無く、「マジシャン」という一括りの認識でしかない証拠でしょう。
このような分類は、あくまでマジシャンサイドの都合なのですから。
医者の世界でも専門分野は、かなり細分化されています。
内科、外科、精神科、眼科…。内科の中でもさらに呼吸器科、循環器科、
消化器科…。
どちらの世界も、1人の人間が全ての分野をマスターするのは不可能に近い
ですから、どこかで線を引いてスペシャリストにならざる得ないのではない
でしょうか。(しかし過疎地においては、1人の医者がほとんどの症状に対応
している実態を考えると、マジシャンに例えるならば、何でもこなす偉大な
ジェネラリストと言えるかも知れません。…実はこれが私の目標です。)
ここで少し脱線。
このようにマジシャンと医者の世界は似てるなあと思っていたのですが、
全く違うことに気付いたのです。(単に気付いただけで、それがどうした
程度のことですから。)
医学の世界は人体における疾病が対象であって、スケールで分類している
わけではないのです。つまり「クロースアップからイリュージョンまで」と
「赤ちゃんからお年寄りまで」は全く違うということです。
ですから無理矢理合致させるとしたら、メンタルマジックと精神科とか、
マニピュレーションと外科、催眠術と麻酔科という感じになるのでしょうか。
(ホントにどうでもいいことですよね。)ということは、スケールとは関係
無く「現象のスペシャリスト」がいたら面白いかも…コインにタバコを通し
たと思ったら、本人が鏡を通り抜けて去って行く貫通のスペシャリストとか、
客の指輪を浮かせたと思ったら、自身も浮いているという浮揚のスペシャリ
ストとか…はい、脱線終了。
とにかくマジックにおいて、現象による分類はともかく、スケールによる
分類は必要なのでしょうか?
1988年のFISMでは、初めてクロースアップ部門からグランプリウィナー
が誕生しました。ウィナーのジョニーエース・パーマーがカップ&ボール
でヒヨコを出し、最後に鳩を出して分裂まで演じたことに対して、いくら
なんでもクロースアップで鳩を出すなんてという非難の声は、会場にいた
私にも聞こえてきました。それならば、クロースアップでは動物厳禁とか
何センチ×何センチ以上の道具は不可とかのルールを明確にするべきでは
ないでしょうか。
マリック氏は言っています…「テレビの世界では、スケールで分類する
なんて全く意味が無いんだよ。イリュージョンがアップで映った時など
視聴者は、その会場の最前列の客よりも近くで観ていることになるんだ
から。最前列の客には見えないはずのイリュージョンの傷や、ペンキが
剥がれた痕まで見えるんだから。もはやクロースアップだよね。客から
2メートルの距離でバレるような出し物は、テレビでは絶対にやっては
いけないよ。」
今から20年近く前になるでしょうか…私とマリック氏の会話です。
私 「僕が最も凄いと思うマジシャンは、クロースアップではMr.マリック
ステージならジョセフですねえ。」
Mr.マリック「ふ〜ん。俺ステージもやってるんだけど。」
私 「……。」(あちゃ〜、やっちまった。)
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ジョセフ・ガブリエル…1986年IBMロングビーチ大会のゲストとして登場
しました。当時すでに、ラスベガス・スターダストホテルのレギュラーマジ
シャンであり、超有名番組「ザ・トゥナイトショー」に数度出演を果たすなど
の成功をおさめており、聞いた話では、コンベンションにはそれほど興味が
無く、このようなゲスト出演は最初で最後ではないかと言われていました。
確かにそうですよね。コンベンションにプロが出演するのは、そこでの優勝や
ゲスト出演した実績を利用して、次の良い仕事を得るのが最大の目的である
以上(ラスベガスのレギュラー出演はある意味ゴールですが、ほとんどの依頼
は同様な他のコンベンションのゲスト出演なわけで、上がりの無いスゴロクの
ようなものです。)、すでに成功しているマジシャンにとっては、わざわざ
ギャラの安いコンベンションに出ることに魅力を感じるわけがありません。
マニアの前でウケるのが生き甲斐だったり、ディーラーとして出店することに
メリットがあるという理由の人も多いようですが…まあ人それぞれでしょうが
一般人に知られることもなく、世界チャンピオンだと言い張り続ける人生も
どうなのかなと…。
ですからデビット・カパーフィールドやランス・バートン、日本においては
Mr.マリックのように、真の意味で成功したマジシャンがコンベンションで
演技することはほとんどありません。(出演しないことが成功の証しかも)
イギリスのトップマジシャン、ポール・ダニエルズの紹介でジョセフが登場
しました。目が覚めるような鳩のベアハンドプロダクションの連続、合わせた
両手の間から湧き出るように現れるセキセイインコ達…最後は2羽の巨大な
コンゴウインコの出現。1羽は会場を旋回した後、手元には戻りませんでした
が、嵐のようなスタンディングオベーションでした。
ここでベアハンドプロダクションについての考察です。(以下ベアと表記)
一般的な鳩出しのイメージは、ハットやシルクからもぞもぞと出て来る感じ
ですが、ベアは、一瞬にして手元やステッキやファンカードの上などに出現
させたり、鳩を分裂させる際に用いられる方法です。
しかしあざやかな反面、ばれやすい危険性をはらんでいます。
シルクから出現させる手法では、ロードして手元に到達するまでの過程は、
よほど下手な動きをしない限り、客の目に触れることはありません。
ベアの場合は、白い大きな物体が一瞬とは言え、A地点からB地点へ移動
するのですから、その軌道がはっきり見えてしまう可能性が高いのです。
とにかくジョセフほどのスキルがあれば別ですが、多用するのはお勧めしま
せん。5〜6羽の鳩の手順の中で、1〜2回程度アクセントとして演じるのが
ベストでしょう。
ここでワンポイントアドバイス…1羽の鳩に、戻って来たり、ベアでステッキ
にとめたりと、多くの役割を求めてはいけません。「この鳩にはこの役割」
と固定すべきです。ベアで使用する鳩には、飛び立たない調教をします。
ある程度羽根を間引いた後に指にとめて、すばやく上下左右に動かしても、
しっかりと指を掴んで飛ばないようになるまで慣らします。
ベアでは一瞬で出現して目的物に安定してとまるために、握力を強化する
必要があります。日頃から、止まり木の太さを指よりもやや細めにして飼う
ようにすれば、握力は次第に強くなり、指にとめた時にそれを実感できるよ
うになります。鳥かごの中や移動用のキャリーの中に止まり木を設置せずに
地べたを歩かせる飼い方などはもってのほかです。物が掴めないベタ足に
なる上、糞で足や尾羽根が汚れます。
また鳩によっては、ベア用のハーネスを装着した途端にへたへたと座り込む
タイプもいますが、これはベアには向いていませんので避けましょう。
さあ、刺激を受けたアメリカから帰国、学生セミプロマジシャンとしての活動
が始まります…つづく。
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